R.I.P. Nogami-kun

東京外語大学院ウルドゥー語科、音楽雑誌Oar編集長、そしてスーフィー研究会「聖者の宮廷考」の仲間である、野上郁哉君が昨晩、府中市白糸台での轢き逃げで亡くなった。謹んでご冥福を申し上げます。

あまりにも突然だった。ちょうど世の中はアナログテレビ終了とか、どうでもイイ事で沸いている日曜の午前中、村山和之先生からの電話で訃報を知った。

パキスタンでもチベットでも、得意の語学を駆使して、少ない予算を切り詰めて、腹を空かせながらもなんとか楽しく旅してきた彼が、東京のアルバイト帰りの自転車でコロっと死んでしまうなんて、いったいどういう事なんだ。海外から帰ってくるごとに、「日本が一番安全でしょ」と、モノを知らない人にはいつも言われてきたが、やっぱり全然安全なんかじゃないと思う。311以降放射線は依然降り注いでるし、電車に乗れば毎日のように人身事故で遅れるし、群馬の田舎に暮らすウチの弟家族は子供三人とも自宅前の道路で自動車事故に遭っている。

とうようさんの自殺は年老いたアナーキストとして当然の帰結なので、あっぱれ!さすが!としか思わないが、24歳の才能あふれ、努力を惜しまなかった若者の死は無念すぎる。僕が最後に彼に会ったのはいつだったっけ? 先月のタリムレストランでのウイグル料理羊会だっけ? その前に鶴川で飲んだ時、彼は自分のバンドのデモを僕に聞かせてくれたっけ。それを聞いて、僕は「ガレージバンド(macのおまけ音楽制作ソフト)の音なんか誰も聴きたくないよ。もっと自分の音を出すべきだ!」と厳しい事を言ってしまったんだ。世の中にはツタヤやヴィレバンで売っているガレージバンド・レベルのカヴァー集がベストセラーとして数万枚もあふれかえっているんだから、もう少しやさしい言い方をすれば良かったかもしれない。でも、そんな事は彼はとっくに忘れてしまっていただろう。下記の彼のブログを読めばわかるとおり、彼は常に自己研鑽に励んでいたのだから。

中東を旅していると「人生は全て書かれている事」とよく聞く。これもはじめから書かれていたことなのだろうけど、ウルドゥー語をはじめ、様々なアジアの言語を覚えて、これから先、様々な研究をして、発表してくれる(はずだった? と僕達が期待していた?)彼の、志半ばの突然死に、僕は一体どう向かい合えば良いのだろう? これまでの44年の人生で見てきた身近な人々の自殺に関しては正直なんとも思った事がないけれど、本来なら今夜、下北沢で飲みに行くメンバーに入っていてもおかしくなかった野上君の若すぎる死には……。

野上郁哉君「白山駅のブログ」

追記:村山和之先生のmixi日記での野上君追悼文

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by salamunagami | 2011-07-24 16:09 | エキゾな日常  

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