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Egypte 02, Musique Nonstop re-starts @Cairo

c0008520_17134813.jpg明け方のアザーンで目を覚ます。宿から近い所にモスクがあるのだろう。爆音だ。しかも、エジプトのアザーンはトルコとは異なるが非常に音楽的で美しい。モロッコでド田舎仕様のアザーンばかり聞いていたので、耳が現れるようだ。聞き終えると二度寝してしまい、結局朝8時起き。宿のサロンで朝食。モロッコのリヤドは朝食時間が早くとも朝8時半スタートで、下手をするとお昼すぎまでそのまま朝食を取り続けているフランス人達ばかりだったが、ここエジプトの宿では朝食は6時半から9時までと、日本のビジネスホテルみたいに早い。朝食はモロッコ同様のクレープとピタパン、それから普通の西洋パン、ジャムにヨーグルトにジュース、そしてインスタントコーヒーかシャーイ。あまり嬉しくないが、このくらいのほうが昼と夜に腹が空いてくれていい。

c0008520_17143121.jpg食後、たまっていた洗濯物を済ませ、カイロ在住のベリーダンサーのミレイユさん、そして国際交流基金のSさんに連絡するとすぐに会いましょうということになる。妻が部屋で用を済ませている間に、僕は一人近くのVodaphoneに行き、現地のSIMカードを手に入れる。パスポートのコピーが必要で、開通まで15分ほど。SIMカードは15LE(エジプトポンド)=220円。チャージは取り急ぎ25LE=370円分行う。待っている時間に並んでいる携帯端末を見ると、ブラックベリーやNOKIA、サムスンのスマートフォンが日本で買うより、随分安い。しかもキーボードは仮名表記なしで、英語とアラビア語並列表記だ。一台買っちゃおうかな。
宿に戻り、12時に妻と外出。お昼は宿のナビールに勧められた、宿の斜め前のファラーフェル屋でファラーフェルサンド。軽い昼食程度の量だが、一つ1LE=15円。これを向かいのいぶしたマクハ=カフェに持って入り、路上の席でシャーイを頼んでパクつく。シャーイは一杯1LE=15円。ということで、今日の昼食は4LE=60円。昨日の1/50の金額だ。この差は一体なんなんだ?
午後、宿からすぐ近くにある国際交流基金に行き、Sさんに挨拶する。彼はカイロ赴任三年が経つので、少ない情報ですが、と言いながら、沢山のライブ情報とライブベニュー情報を用意していてくれた。中には西洋クラシックもあるし、民族音楽、宗教音楽、ロックバンドまで含まれている。早速今夜も宿の近くのEl Tanboura Hallという場所でスーダン〜ヌビア系のバンドRangoのコンサートがあると教えてもらう。宿が近いとは嬉しい。他にもババズーラのムラットにも紹介されていたライブヴェニューのMakanや、芸術家が新たに開いたculture wheelという場所などの今月公演内容までプリントアウトしてくれていた。これらを全て見ているだけで僕の今回のカイロ滞在は終わってしまいそうだ。今週は忙しいという彼とは、日曜にあるコンサートで再会することにした。

c0008520_17151363.jpg一旦宿に戻り、荷物を置き、今度はタクシーに乗り、日曜のチケットを買いにザマーレクにあるオペラハウスに行く。白いタクシーはカウンターを使ってくれるらしいので、白いタクシーうを選んで声をかけるが、一台目はオペラハウスという英語を聞いて、わからないと逃げてしまった。二台目は、オペラまでなら20LEと、昔ながらのボったくり運ちゃんだったので、こちらが無視。三台目で「オベラ」と強く発音したら、初めて通じた。乗り込むと、日本のタクシーのようにカウンターボタンを押してくれて、出発。とは言え、宿から歩いて5分のタハリール広場を越え、歩いて5分のナイル川の橋を越えた所がザマーレク島で、そこの目の前がオベラだった。運賃は4LE=60円。オベラはコンサート会場だけでなく、音楽ライブラリーやカフェやミュージアムなどが集まった文化施設。ちょうどカイロ・ビエンナーレでナラヨシトモの個展が開かれていた。チケット売り場に行くが、昼休みの最中だったので、庭園のカフェで一休みしてから出直すことにする。カフェにはいかにも芸術家っぽい若者達が集い、外の喧噪が嘘のように緑に囲まれ、静かな場所だ。シャーイを二杯とミネラルウォーター小で8LE=120円。4時半にチケット売り場に戻り、「エッディーニ・イトニーン・タザーケル、フィー・ホブ・アッラー、タラータ・ワ・アシュリーン・ヨーメル・ハッド、アッサート・タマニャー(23日日曜8時のFi Hob Allahのチケットを二枚下さい)」とアラビア語で話しかけると、「クワイエサ!(最高)」と拍手された。もちろん、そこから先、会場のどの辺りの席が良いか、この席は売り切れ、などの込み入った話は英語で行ったが、3週間モロッコでアラビア語を聞いてきたので、耳が慣れてきて、二種類の「A」や数種類ある「T」や「H」などを発音し分けることが出来るようになっている。このまま少しは覚えてしまえると良いのだが。
チケットを買い、宿にタクシーで戻るが、運転手が新米で宿の近くに来ながらも一方通行に苦しめられ、30分近くも行ったり来たりしてしまう。宿に戻るとすぐに日暮れのアザーンが鳴った。屋上に登るとスモッグに覆われた町が早くも闇に溶け始めている。
c0008520_17161478.jpg宿の番頭、笑顔がインド人のように素敵なハレッドに昨夜行けなかったレバノン・レストランTaboula を予約の電話を入れてもらう。すると午後7時に簡単に予約が入った。
宿から徒歩15分でタッブーラ。午後7時だというのにロウソクの灯りの店内が既に1/3は埋まっている。頼んだのは店名にもなっているタッブーラ、ブドウの葉のマハシー、揚げたキッベー、ナス入りのファッター、そしてメインにシシ・タウックのレモンソース和え。前菜四種にメイン一種、そしてステラビールを二本。テーブルにはまずお通しのレブナー、トルコのベヤズ・ペニールと同じ白い酸っぱいチーズとピタパンが届いた。そしてすぐに前菜類がどっと届く。量はどのくらいなのだろう、まあ前菜だから四品頼めるでしょうと、頼んでしまったが、写真を見ての通り、二人では食べきれない量が来た。しかし、全てがレモン大量投入で酸っぱすぎる。レバノン本国のレバノン料理を思い出す味だ。レバノン料理は一旦海外に出ると酸っぱさが半減するのだ。タッブーラはパセリとトマトと少々のクスクス、そこにレモンという胃に優しそうなサラダなのだが、実際はこの組み合わせからよくぞここまで攻撃的な味わいに出来るなあ。トルコ料理にもあるブドウの葉でご飯を包んだ料理もレバノン料理になるとレモンたっぷり。そしてファッターというパンと揚げナスをヨーグルトに沈めた料理も酸っぱい。酸っぱくないのは揚げキッベーだけ。メインの鶏のケバブもフライドポテト、マッシュルームを大量のレモン汁に沈めたものだった。これは鶏の出汁とレモンが強烈に溶け合っているが、酸っぱすぎて痛いくらいだ。だが、僕にはこれは癖となる味だった。肉を食べ終わり、残った強烈なレモンソースをスプーンで一口ずつ口に運ぶと、漢方を飲んでいる気分になった。良薬は口に苦し、いや良薬は口に酸っぱし。食べ終わる頃には周りのテーブルは完全に埋まっていた。早い時間はアメリカ人とイギリス人が目立ったが、8時を過ぎると現地人ばかりになった。そして僕達以上に豪快に料理を沢山頼んでいる。エジプトも随分豊かになったんだなあ。モロッコならこんな高級店で現地人を見ることはないのに。食後のシャーイはどうせリプトンのティーバッグだろうと思い、パスしたが、妻が頼んだ所、案の定リプトンのティーバッグだった。お茶、チャイ、シャーイは中東全域で飲まれているが、やはりトルコのサモワール式のチャイが一番美味い。ティーバッグを高級店で平気で出しているのを見ると、やはり中東では料理もお茶もトルコが一番だと思わざるを得ない。
「お勘定」という言葉はトルコ語と同じく「ヘサップ」。「時間」もトルコ語と同じく「サアト」、色々な語彙がトルコ語と共通しているのが助かる。トルコ語がアラビア語から取り入れたもののほうが多いとは思うが。

c0008520_17165672.jpg食後、一旦宿に戻り、荷物を整理し、いざエル・タンブーラ・ホールへ。実はここへの行き方も番頭のハレッドが電話してくれて、チケットを予約してくれ、宿からすぐの距離と聞いていた。9時前に出発。宿をいつもとは反対の南側に下り、東西に走る通りを東へバラディーン宮殿方角に歩く。ここら辺は下町で、夜になってもオヤジ茶屋が沢山並んでいて、通りに席を並べて、オヤジ達が水タバコを吹かしている。東洋人が歩いてくるのが珍しいのか、みんなこちらを凝視する。目が合う度に「アッサラーム・アレイクム」と挨拶すると、「ワアレイクム・サラーム」と返事が返ってくる。モロッコ人と比べてエジプト人、カイロ人は本当にオープンだ。モロッコ人の持つ閉鎖的な雰囲気、ポウル・ボウルズの小説の登場人物のような不条理さはみじんも感じられない。その中から50m行く度に、人の良さそうなオヤジを見つけ、「エル・タンブーラ・ホールはどこですか?」と聞きながら進む。ちょっと通りを引き返し、左折して、細い路地を進み、東西に走る大通りを横切り、更に北に斜めに入る。するとローカルな路地の奥に煌々と照らされたにわか作りのホールが現れた。入り口で名前を告げると、「どうやってこの公演を知ったのですか?」と英語で係りのアニキに話しかけられた。チケットは20LE=300円。横で今夜のRangoではなく、ホールの名前にもなっている別のグループEl TanbouraのCDを売っていたので40LE=600円で一枚頂く。
ホールに入ると、東洋人の若い女性から話しかけられた。台湾から半年間音楽の留学に来たばかりの琵琶奏者のミーアさん。まだ着いたばかりで地下鉄も乗れないとのことだが、よくぞまあこんなディープな場所に女性一人で来ているものだ。

c0008520_17173385.jpg公演は9時半にスタート。Rangoはヌビアとスーダンとエジプト人の混成バンドとのことだ。一曲目はエチオピアのリラと同じハープをオヤジが弾き語る。二曲目からは二人のバタ・ドラムが加わり、いきなりグルーヴィー。エジプトの音楽ではなく完全にブラックアフリカの音楽だ。次の曲ではでっぷりしたオバチャンが加わり、アラブっぽいコブシ回しの歌から始まり、そのままトランシーな太鼓でオバチャンが頭を前後に振り出した。ザール(エクソシスト)である。着いて早々にこんな音楽が1m以内の至近距離で聴けるとは、カイロ滞在さい先良さそうだ。
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オバチャンの後はメンバーがフルに登場し、それぞれにジェンベやお手製のシェケレ、腰ミノなど鳴り物を用い、アフロなポリリズムを作り出す。金のブレスレットや虎柄のシャツで決めた長身のアニキはいかにもアフロなフレーズでお客にコール&レスポンスを強制する。お客さんが十数名しかいないのが残念だが、音楽家はそんなこと関係なしに全力で演奏してくれる。隣の席に座っていたエジプト人インテリ系女性やうちの妻らは手を引かれ、ステージで踊らされた。一時間の演奏後、10分の休憩を挟み第二部。再びオバチャンのザールから始まり、9人のメンバーがそれぞれに歌い、主役となり、最終的には大ダンス大会となり、11時過ぎにコンサート終了。終了後ミーアさんと連絡先交換をし、何か演奏する機会があったら是非呼んでくれと伝える。出口ではEl Tanbouraホールの主催者で、明日演奏するEl Tanbouraのリーダーのザカリアさんと話をする。このホールは民謡系のグループばかり12組が出演しているとのこと。Rangoは200年ほど前にスーダンやヌビアからカイロに移住してきた人達の音楽だが、明日のEl Tanbouraはポート・サイードの民謡であり、第三次〜第四次中東戦争時には戦争の舞台となった地域のプロテスト音楽であるという。CDも買ったので明日が楽しみだ。モロッコ旅行の間、久しく忘れていた都会の生活が再び始まった。

c0008520_1719012.jpg帰り道、もしかして目の前の大通りはタハリール広場から宿まで繋がる、いつも歩いている道「シャーリア・モハマッド・マフムード」じゃないかなと思ったら、案の定そうだった。宿までの距離たった三分強。なんだこんなに近くだったのか。往路は大回りをしていたのだ。
宿に戻りマネージャーのナディーンにEl Tanbouraホールの事を話すと、そんなに近くにあったのに全く知らなかった。他の宿泊客にも是非教えたいので連絡先を教えてという。是非是非。今夜もお客が少なかったし、是非宿をあげてお客を送り込んで欲しいものだ。問題は、この町に来ている観光客のほとんどは現在のエジプトではなく、古代のエジプトを見たいということだ。もちろん僕は古代エジプトなんて全く興味ない。

by salamunagami | 2011-01-21 17:19 | エキゾ旅行  

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