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Maroc 03, Arabe-Andalus a Tanger

c0008520_7105313.jpgまだまだ時差ボケが続いていて、朝6時にはすっかり目が覚めてしまう。8時47分の電車に乗るにははちょうど良い。今日は首都ラバトから地中海と大西洋の狭間の港町タンジェへと電車移動。モロッコ国鉄の一等座席はエアコンが効いたコンパートメント形式で足も伸ばせるし快適。持ってきた本を読んでいるうちにあっという間に12時半になり、タンジェに着いてしまった。
c0008520_7115125.jpg駅を一歩外に出ると、目の前にはギラギラした目つきの客引きやタクシー運ちゃんが十名ほど詰めていて、飛んで火に入る夏の虫を待ち受けている。さて、気合いを入れてかかるかと思って一歩踏み出した途端に手に入れたばかりのモロッコ携帯の呼び鈴が鳴る。日本の番号だ。出ると元旦に出演するJ-WAVEの番組モダイスタのディレクターHNさんだった。「そちらはどうですか?」との問いに、「ちょうど良い質問です。ただ今、目の前には人相悪いギラギラした目つきのアニキ達が十名ほど僕を見ています」と答えておいた。そうそう、正月元旦土曜の午後にJ-WAVEモダイスタにこちらから電話出演しますので、東京にいる皆さん是非聞いてやって下さい!

c0008520_7141828.jpgタクシーに乗り、旧市街メディナの中にある、19世紀から続いているタンジェ最古のホテル、Continentalへ。このホテルは映画「シェルタリングスカイ」にも出てくる由緒正しい場所。メディナの外れの高台に立ち、窓の外には地中海が広がっている。ジブラルタル海峡を挟んで海の向こうはスペイン。海風のせいで、ラバトと比べると肌寒い。

c0008520_716364.jpgタンジェを訪れるのは15年ぶり。メディナの中心地プティ・ソッコは15年前と全く変わらない。

c0008520_7172616.jpg坂道で階段も多いメディナを散策し、疲れたらカフェで休みを繰り返す。この妖しげなカフェはCafe Baba。かつてはポウル・ボウルズやブリオン・ガイシンらが入り浸ったというが、現在は不良アニキ達が中心だ。

c0008520_718737.jpg夕陽が沈むと途端に肌寒くなり、空から雨がパラパラと降り出した。が、傘も持たずに昼間のうちに場所を確認しておいたアラブ・アンダルース音楽の音楽家が集うカフェ、Fils de Detroitsへ。ここはモロッコ版ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブとも呼ばれる場所。中世スペイン・アンダルシアから伝承されてきた古典宗教音楽の生演奏がカフェ一杯の値段で聴けるのだ。
狭い店内に入ると、ジュラバ姿の良い顔のオッサン達が歓迎してくれ、ミントティーを飲んでいると、ウード、ダルブッカ、レク、ヴァイオリンによる演奏が始まった。ラテン〜地中海的な明るさとアラブ音楽が絶妙に混ざった典雅な音楽はスペインのフラメンコや南仏の中世吟遊詩人の音楽とも似ている。十世紀も昔の音楽が今も当時とあまり変わらない形で生き残っているのがすごい。
店内は微妙にいぶしているが、内装にはしっかり気を遣っている。何曲か聞いていると雨が大降りになり、帰れなくなってしまった。すると隣のインテリアショップの主人が現れ、アラブ=アンダルース音楽について色々と講釈してくれた。8時過ぎまで5曲の演奏を聴き、ビデオに撮らせてもらう。帰ったら、皆さんにお見せしましょう。
雨が小降りになった瞬間を見て、オヤジ達からCDを買い、ホテルに帰着。明晩もFils de Detroitsに行くつもり。
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by salamunagami | 2010-12-31 07:18 | エキゾ旅行  

Maroc 02, A Day Stop at Rabat

c0008520_15382419.jpg前日は7時頃からベッドに入っていたので、さすがに朝5時過ぎに目が覚め、それからは起きたり寝たりを繰り返した。朝7時にシャワーを浴び、そのまま洗濯をし、8時過ぎに朝食に。朝食は隣の棟の二階。朝食の写真を撮っていると隣のフランス人老夫婦がそれをこそこそと話題にして笑っている。オタクらは想像も付かないだろうけど、我々はこれで食ってるんだよ。それにオタクらの国だって、facebook世代は食事の写真くらい撮ってるよ。古き良きヨーロッパ人も二年に一度携帯やデジカメやパソコンを買い換える消費世界からはもはや逃れられないよ。消費世界なら我々日本人のほうがはるかに先輩だ。ようこそ年老いた新人さん!

c0008520_15375217.jpgイスタンブールで買ったり頂いたりしたCD、妻が買ったベリーダンス衣装、そしてアフリカ大陸では全く必要なさそうな冬物の服をまとめてみると、既に8kgくらいありそうだ。これから移動することを思うと首都に居る間に日本に送ってしまうほうが良さそうだ。幸い中央郵便局はホテルの斜め前。善は急げと中央郵便局へ。大きな段ポールを18ディラハムで買い、日本まで8kgのEMSを調べると980ディラハム、約10000円。ちょっと高いが、これから先の道のりを考えたら仕方ない。段ボールに詰めて、税関で待っていると、10分くらい何も無いまま待たされてから、ずっと座っていた係の女性に税関の書類を書いてと言われる。書類を書いてから、次は先ほどまで奥の席に座っていた税関職員を局内のどこかから呼び出してもらう。そこまで更に10分待つ。出てきた税関職員は全ての荷物を一つ一つチェックを始めた。新品のCDはビニール袋をはがすだけでなく、デジパックの紙の貼り合わせ、CD皿の接着面も剥がし、CDのブックレットのホチキスまで調べ、服は縫い合わせをいちいち指先でなぞる。ベリーダンス衣装のビーズまで念のため指を這わせる。観光客がお土産を送るのにここまでやるか! まあアル@イダ構成員とか、この国から出てるから、そこまで気をつけてるんだろう。それでも、このアニキは全て分解した後に丁寧に元に戻し、協力ありがとう、と一言言ってくれたので救われた。時計を見ると10時。ちょうど1時間で郵送仕事は終わった。日本なら10分なのだろうが。
次なる仕事は地元携帯のSIMカードを手に入れること。これは一瞬で済んだ。路上の屋台でIDチェックなしで、たった20ディラハム=200円で手に入るのだ。これじゃオレオレ詐欺とかやり放題だ。郵便物のチェックよりもこっちを取り締まったほうが良いんじゃないか?

c0008520_15421197.jpgカフェで一休みしてから、旧市街メディナのスークへ。ラバトのスークは道が整備されていて、碁盤状なので歩きやすい。肉屋、スパイス屋、ジュラバ屋、ミントティー用のポット屋、金物屋、バブーシュ屋、絨毯屋などの一角を次々と歩き、メディナから大西洋に突きだしたウダイヤのカスバに抜ける。海沿いの道は壁が白く、家の扉が青く塗られ、チュニジアのようだ。海が見渡せるカフェで一休みし、モロッコ菓子をいただく。
気づくと既にお昼過ぎ。メディナを引き返しているうちにスークの店は次々と昼休みの時間で店じまいを始めた。メディナから新市街に抜ける場所にある生鮮市場に入り、その横に幾軒か並んでいる地元向け魚フライレストランに入る。ヒメジとカレイとイカのフライとポテトのフリットが山盛りでなんと35ディラハム=350円と安い。観光客向けレストランなら3〜5倍はするだろう。
 
c0008520_15475223.jpgホテルに戻る途中、携帯屋に行き、妻の分のSIMフリー携帯を買い足す。SAMSUNGの一番安いモデルが350ディラハム=3500円。一応ネットも見れるし、なんとFMラジオまで付いている。これが意外に便利だった。部屋に戻って、地元のラジオに合わせるとレッガーダやシャアビばかり流れてくる。
午後5時になると昨日と同じく、目の前の国会議事堂前で政治団体の集会が始まった。これ毎日やってるのかなあ?
 
c0008520_15392815.jpgラバトは刺激はないが、モロッコの旅をやんわり始めるにはちょうど良い。明日も移動日だ。 
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by salamunagami | 2010-12-30 15:48 | エキゾ旅行  

Maroc 01, D'Istanbul au Maroc

c0008520_2331178.jpg朝6時にイスタンブールの部屋で起き、宿代を払い、朝7時に軽く朝食を取り、7時15分に出発。朝は渋滞がないため、7時40分には空港についた。そしてそのままチェックイン&出国。イスタンブール、次はいつ来れるだろうか。

モロッコまでの飛行時間は4時間50分。連日の暴食でお腹など空いておらず、機内では耳栓をしてひたすら眠る。

c0008520_2335128.jpgモロッコに定時の午後1時着。並んだ入国カウンターがえらくとろくて、30分以上待たされ、さて我々の番というときに、かわいらしいモロッコ人の女の子が電車の時間に間に合わなくなるので横入りさせてと言われる。これまで僕もそういう横入りをさせてもらい、飛行機に間に合ったこともあるし、何より、旅は譲り合いが大切だ。電車の時間がないと言うなら仕方ないので、OKと言うと、後ろに並んでいたフランス人のオバチャンとモロッコ人のデブオヤジが大騒ぎしだし、係員や僕や女性につっかかってきた。すると係員は一旦カウンターを閉じてしまった。僕にも「あんた達は一番後ろに並び直せ、私達に先にいかせろ」とオバチャンが激怒し始めた。僕も頭に来て、「電車の時間があるというなら仕方ないだろ。旅人に親切にするのがムスリムだろ。あんた達ムスリムじゃないのか? 3分くらいの時間たいしたことじゃないだろ!」と大声で激怒しかえす。着いたばかりでフランス語がこれ以上出てこないのが悔しい。激怒したオヤジとオバチャン夫婦は入国審査員から注意され、審査を通った後もカッカしていて大声で騒ぎ、おまけに子供までエスカレーターですっころがってギャーギャーと泣き出した。怒りの連鎖が好きな夫婦だなあ。
僕も激怒したので熱くなってしまったが、今までイスタンブールでは酒飲んで酔っぱらって緩んでばかりいたので、ちょうど良い刺激となった。これからのモロッコ滞在、気を引き締めていこう。

さあ、酒とオトコとオンナと人情と憂愁の国トルコから、イスラームの辺境とサハラ砂漠とフランス文化に侵略された国モロッコへやって来た!

c0008520_2351240.jpg空港を出ると、セーターやホッカイロや下履きなんて要らないほど暖かい。畑には菜の花が一面に咲いている。東京の10月くらいの気候だ。午後3時のラバトまでの一等コンパートメントは軽く冷房が効いているくらいだ。ああ、冬荷物たっぷり持ってきちゃったなあ。
途中、アイン・スバー駅でタンジェ行きに乗り換え、更に1時間、ラバト中央駅に着いたのは午後5時だった。駅の斜め前にある、前回も泊まったホテル・バリマ着。今回の部屋は浴槽はないが、4階で真っ正面向きなので明るく、悪くない。目の前は国会議事堂で、前回も同じだったが、5時になると三つの政治団体がシュプレヒコールをあげ、デモ行進を始めた。

c0008520_2355835.jpgベッドの上で休んでいるうちに6時過ぎに、夕焼けが国会議事堂を照らし出し、日が暮れた。夕暮れは午後6時か。日本よりも日が長い。
イスタンブールの忙しい日々、そしてやはり12時間かかってしまった移動のせいで、身体が疲れている。食事にも出かけずうとうとしてしまい、8時前には消灯し、そのまま眠りにつく。
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by salamunagami | 2010-12-30 05:41 | エキゾ旅行  

Christmas in istanbul 4, Eating, Drinking, Dancing, Talking

c0008520_13514225.jpgバックパッカー時代から通っていたエジプシャンバザールのデリカテッセンnamliがカラキョイに大きな店舗を持っていて、イートインコーナーも充実していると聞き、昼食へ。するとこんな世界がビカア〜っと広がっていた。ありとあらゆる種類のチーズ、ハム、ペースト、サラダ、揚げ物、そしてロカンタ系の煮物が並んでいる。それを大皿にちょっとずつ盛って、量り売り。

c0008520_13511933.jpgこれだけ取って17TL=900円。山羊のチーズやオカヒジキのサラダ、アーティチョークの芯の上にミートソースを載せてオーブンで焼いたもの、小さな赤ピーマンの中にすぐりの実とご飯を詰めて茹でたドルマ、同じご飯をブドウの葉で巻いたサルマ、アルバニア風レバー揚げ、パステルマなどなどなど。連日の暴飲暴食で腹の調子は良くないが、ここで頼まなくてどうする!
c0008520_13521655.jpg午後はフェリーに乗ってアジア側のカドゥキョイへ。Bant MagazineやBabylonMagazineの編集長夫婦ハッカン&アイリンに会い、一緒に散策。カドゥキョイは吉祥寺のようで横浜のような街。彼らの住むマドという地域は早世のアナドゥルロッカー、バルシュ・マンチョが住んでいた地域でもある。ちょっと歩くとボスポラス海峡を見渡せる丘の上のカフェなどが並び、春は夏は楽しそう。雨が降ってきて、冬らしい気温になっていたのに、彼らは屋外のテーブルに座る。腰にホッカイロを貼っているから、座ってられるけど、結構寒いよ。
やはりマド地区にある彼らの職場を見せてもらう。30畳くらいの部屋にデザイナーやライター三人が壁に向かってマックを置いて仕事している。ハッカンとアイリンはikeaの大きなテーブルを使っていた。隣の部屋はBant Magazineの表紙を描いているイラストレーター兼人形アーティストが12畳くらいの一部屋を占領していた。半地下のようになっていて、窓の外にはこれまた広いベランダがあり、春や夏はそこでパーティーをしているという。
仕事も生活もアジア側にあるし、家賃や生活費も安いから、コンサートなどを除いては、あえてヨーロッパ側に行く必要がないと行っていた。次はカドゥキョイに滞在したいなあ。


c0008520_13525692.jpg夜9時のフェリーに乗ってカラキョイまで戻り、テュネルまでの地下道を通ると、聞き覚えのある声がした。今年の2月にも歌を聴いたアーシュク(吟遊詩人)のおっちゃんが同じ場所で歌を歌っていたのだ。オッチャンはさすがに半年前なので僕のことを覚えていた。しかも歌っているのはアーシュク・ヴェイセルの「Uzun ince bir yoldayim」だ。僕と妻も一緒になって歌うと、大喜びしてくれた。しばらく聞いていたかったが、ムラット達との待ち合わせ時間が迫っているので、挨拶して別れる。
テュネルに乗ろうとして、イスタンブール版のpasmoことアクビルが切れてしまったことに気づき、チャージするのも面倒だったので、通常のチケットを買うとなんと2.5TLもした。130円! 小田急線初乗りより高いぞ! アクビルで乗ると1.5TLに割引になるらしい。
ホテルに荷物を置き、雨のイスティクラル通りへ。雨にも関わらず裏通りの居酒屋の屋外のテーブルはこんな風に混み合っている。トルコ人は本当に屋外が好きなんだなあ。

c0008520_1354749.jpg10時過ぎにムラットやアフメットジャンとHAYMATLOSというライブハウスで待ち合わせる。パリ在住のイスラエル人のアラビック~中東ロック・バンドBoogie Balaganのメンバーが迎えてくれた。
11時過ぎから彼らのライヴスタート。フロントのイスラエル系二人がエレキギターを弾き、オールドなブルースロックとアラビック・ウードを混ぜたような演奏をする。トルコ語もマスターしているようで、トルコ民謡やアナドゥルロックの名曲を混ぜつつ、ベリーダンサーも登場し、なかなかに盛り上がる。右のガイはアラビック・リッチー・ブラックモアみたいな演奏。左のガイはこんな中東顔してるのに、フランス在住のせいか、二枚目だと勘違いしてるのが音に出てしまっている。フランスの音楽家って中途半端なカッコ付けが、音を独りよがりにしてるケースが多いけど、彼らもやっぱりそうだ。フェズ帽をかぶり、チョビヒゲを着けたこの写真は特別。この扮装のまま、更にジュラバでも着て演奏したほうがキャラが立つだろうに。オールドスクールなロック趣味が強すぎて、ちょっといなたいが、演奏はオリジナルだし、一皮むければ面白くなりそうだ。応援しよう。

c0008520_13533780.jpg1時前に帰宅し、翌朝7時の出発のために荷造りをし、2時半に就寝。
今回のイスタンブールはたった四泊三日だけだった。それでもババズーラにはじまり、セマ・ユルドゥズ、そしてハッカン&アイリン達に会えたおかげでこんな濃厚な時間が過ごせた。次はいつ来れるだろうか。明日からはモロッコ!
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by salamunagami | 2010-12-28 13:54 | エキゾ旅行  

Christmas in istanbul 3, Meyhane, listening to Zeki Muren

c0008520_17313248.jpg日曜は曇り時々雨。冬のイスタンブールらしいくすんだ空に、イスティクラル通りもくすんだ灰色、そこを歩く人の服装もグレーや黒ばかり。通りで本屋やCD屋、服屋、バッタモノばかりのファッション通りなどを冷やかし歩く。

c0008520_17315670.jpg昼飯は妻と僕とで食べたいものが違ったので、夜中過ぎまでやっていて、基本的なトルコ料理ならなんでも食べられるファミレス風のロカンタNizamへ。妻は鶏半身とピラフ、僕は二日酔いをさますために胃袋のスープ、イシュケンベ・チョルバを頼む。

c0008520_17332148.jpg夕方にババズーラのムラット達と待ち合わせ、日本から持ってきたCDを渡す。
もう一度イスティクラル通りを散策。古い雑居ビルの二階にあった売れてなさそうなCD屋に入り、十枚ほどCDを勧められるがままに買う。クズィ・エルギュネル、バルバロス・エルキョセ、1930年代のトルコ語タンゴ、ムラットが一番好きなアーシュク(吟遊詩人)だと言うアリ・アクバル・チチェック(サズ演奏の極北だった!)など、他の店で見たことない盤ばかり。既に廃盤になっているCDが売れ残っていたらしい。

c0008520_17342957.jpg夜はババズーラのレヴェントやマネージャーで大学7年生のアフメットジャン、レヴェントの奥さん達とジハンギルにある友人の店Benderliで会食。基本的にはメイハネ(居酒屋)だが、オーナーが女性なので、現代風にポップなカフェっぽい内装。料理もアナトリアの田舎料理の要素を取り入れ、かえって新しい感じ。前菜はホモスやファヴァ(両方とも豆のペースト)、クレタ風エズメ、ヨーグルトをつかったジュジャックも、ディルやシブレットなどのハーブを大量に使って一ひねりしてある。たっぷりの冷菜、温菜、そしてメインはカタクチイワシの土鍋オーブン焼き、マイワシをブドウの葉で包んで焼いたもの。ラクを飲みながらひたすら食べ続け、もうお腹いっぱいだ。

c0008520_17352326.jpgメイハネなので、店内のBGMはサナート(古典芸術音楽を元にした歌謡曲)。要はゼキ・ミュレンとビュレント・エルソイばかり。みんな酒が回り、ゼキがかかると一緒になって絶唱を始める。アフメットジャンはまだ25歳なのに、居酒屋にたまるオヤジとまったく同じようにゼキを歌ってる。僕は仕事のBGMとして、よくゼキ・ミュレンを流しているが、彼らは本気でゼキの歌が好きらしい。ムラットもレヴェントも、他のみんなも熱唱だ。

c0008520_1736184.jpg「もうゼキのようにトルコ語を操れる人間はいない」「すばらしい歌手は沢山いるが、ゼキのように歌を歌えるトルコ人歌手はいない」と次々にゼキへの賛辞の言葉が出てくる。先週、及川景子さんがエジプトのウンム・クルスームを指して言った言葉とまるっきり一緒だ。エジプト〜アラブを代表するのは貧農出身で、常にエジプト〜アラブ庶民の側に立っていたウンム・クルスーム。それがトルコでは上流階級出身の女装の麗人で、ハマムを発展場にしていたゼキ・ミュレンになるわけだ。
夜中12時半にお開きになり、1時前にホテル着。今日は早く帰れた。
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by salamunagami | 2010-12-27 17:37 | エキゾ旅行  

Christmas in istanbul 2, Barfly with Sema

c0008520_18151590.jpgいつも後回しにしてしまい、これまで訪れられずにいた旧市街のエディルネカプ、カーリエ・ジャーミーの近くにあるオスマン宮廷料理店アシタネ。今回は初日のうちに行ってしまおう。午前中のうちに電話を入れ、お昼に予約。その前に旧市街のウンカパヌにある音楽市場にあるCDの卸屋ESENに行く。音楽市場は毎年来る度に閉店してしまった店が増え、閑散としている。マネージャーのヤーシンがいつものように色々とオススメを教えてくれる。20枚ほどCDを買う。次回来る時はキャノンの一眼カメラを買ってきてくれと頼まれる。

c0008520_18161367.jpg午後一時にアシタネ着。クリスマス時期の日曜なので混んでいるかと思ったが、ムスリムの国だし、家庭料理が一番だと思っている人達なので、昼時のレストランはガラガラだ。
アシタネのメニューはリンクしたページからpdfファイルで見ることが出来るが、全てオスマン帝国時代の宮廷料理。料理の説明に1539年とか、レシピが作られた年代が書かれている。二人で、アーモンドのスープ、クルミのスープ、冷菜盛り合わせ、カリンの羊挽肉ご飯詰め、羊肉の干しフルーツ&ナッツ煮込みを頼んだ。ワインはトルコの赤ヤクート。冷菜盛り合わせは日本のトルコ料理店でも食べられるような通常のメイハネの前菜かと思っていたが、チーズのペーストにシブレットやディルが練り込まれていたり、白インゲン豆のペーストにスグリや松の実、やはりチーズのペーストにかりかりに炙った薄切りのパステルマが添えてあったりと、初めて食べるものばかり。アーモンドのスープは塩味で暖かい杏仁豆腐を思わせた。

c0008520_1817193.jpg通常のトルコ料理はオリーブ油やトマトなどの地中海系の味付けが中心だが、この店は干しフルーツやナッツ、チーズなど、カフカスやさらに遠く中央アジア、トルキスタンやカシミールの料理を思わせる味付けだ。後になって新大陸からもたらされた野菜トマトは使われていない。食後のデザートはサフランで風味を付けたライスプディングとノアのプディング、これもムガル料理との繋がりを観じる。ワインを一本入れて二人で180TL=約10000円。日本ならこの値段では食べられない。
食後は旧市街スルタンアフメットのベリーダンス衣装屋istanbul dreamsへ。店主のエルジャンは昔からの友人、10ヶ月ぶりの再会だ。午後5時に表に出ると既に真っ暗になっていた。日が短いなあ。
妻のベリーダンスの師匠セマ・ユルドゥズに電話を入れると、「夕食を作っておくから、今から来なさい」と言われ、タクシーに乗ってベシクタシへ。夕方なので当然大渋滞に巻き込まれる。

c0008520_1826339.jpgセマの家では野菜中心のシンプルな手料理をいただく。個々の料理の写真は撮っておいたが、テーブルの全体像や居間の様子は撮り忘れた。今後忘れないように防備録として、ここに書いておこう。夕食後、セマの教え子が出演するというのでアクサライのベリーダンスレストランGARへ向かう。外は雨が降り出していた。GARではまだ早い時間なので、大ホールの1/3ほどが香港人、日本人、中国人のお客が占めていた。香港の団体は50名以上もいて、子供達も十数人来ていたが、全員眠いらしくテーブルにうつぶせていたり、つまらなそうに手で顔を隠していたりする。こんないかがわしい場所に子供を連れてくるほうがおかしいのだが。
11時を過ぎると東洋人は帰り、かわりにギリシャ人の団体が次々に到着する。すると出し物はギリシャ人の男性歌手によるギリシャの演歌「ライカ」の歌謡ショーへと突入する。100人以上もいるギリシャ人が次々と舞台に上がり、絶唱タイム。

c0008520_1818360.jpgこの時点で二度目の眠気のピークを迎えていたのだが、今夜はセマにとことんつきあうのが我々のやるべきことだ。12時前、セマから、彼女の従兄弟の奥さんが新市街のテペバスにバーを開いたので遊びに行こうと誘われた。もちろん行きます! テペバスはベイオウルから10分ほど下っただけなのにガラっと雰囲気が変わる。東欧や中央アジアや地方から来た労働者向けのバーやディスコが並び、新大久保みたいな所だ。いかがわしい店の前を通り、BEYAZバーに入る。50mくらいの暗い店内に3つの四角いカウンターが並び、それぞれのカウンターの中には東欧系の色白の太ったお姉ちゃんチーママがちょこんと腰掛けている。窓際にはカシオのキーボードを弾きながらアラベスクを歌うオヤジ歌手がいる。これは日本でいう所の、場末のカラオケスナック? セマの従兄弟の奥さんはルーマニアから来た金髪で太っちょのお姉さん。歌手のオヤジはアラベスクから、サナート、トゥルキュ、ロマン音楽までノンストップで演奏し、歌う。すると、別のカウンターを仕切っているこれまた太っちょのお姉さんと明らかにジプシー系のバウンサーが妖しいダンスを踊り出す。

c0008520_18183040.jpgセマの友人達が次々と現れる。別のテーブルでは現職の警察官と女装のオカマ姉さんが抱きつき、僕に写真を撮ってくれと頼む。9/8拍子のロマ音楽が始まると、セマとセマの弟子のタニア、そして女装のおねえちゃん、チーママ達が踊り出す。セマの従兄弟の奥さんは流暢なトルコ語で70年代のトルコ歌謡曲を歌い、セマは彼女の歌に合わせて踊り出している。警官とジプシーと東欧人女性とバイセクシャル、そしてベリーダンサーとその見習い。こう書くと、とてつもなく周辺文化ぽいが、思えば僕は東京にいても、似た人達と一緒にいるからね。バーフライのTちゃんや居酒屋探訪のYさん、Eちゃん達.......。セマは前夜もそこで朝5時まで居たと言っていたが、こういう場所こそが彼女の居場所なんだろう。「ここは家族の場所」と繰り返し言っていたから。僕達だけで、ノーラちゃんやタケちゃん達も連れて、また行ってみたい場所だなあ。

c0008520_18204579.jpg午前三時、眠気は最大のピーク。そしてアルコールも日本での10日分くらいを一気に摂取してしまった。外の雨が上がったのでまだまだ踊り続けているセマ達を残し、先においとました。

写真は外部ストロボを使っているので明るく撮れているけど、実際は赤い光でかなりいかがわしい感じ。
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by salamunagami | 2010-12-26 18:19 | エキゾ旅行  

Christmas in istanbul 1, Babazula live at Babylon

c0008520_1721324.jpg10時間のフライトの後、10ヶ月ぶりのイスタンブールに到着。このところ毎年来ているので、遠い所に来たという感覚はなく、むしろ、ああまた帰ってきたなあという感じ。いつもこの時期は下履きやセーター二枚重ねが必要なくらい寒いのに、今年はどういうわけか最近の東京よりも気温が高いくらい。というわけで、たっぷりホッカイロを持ってきたオレの立場は?

バカルキョイ、クンカプ、アフルカプから、スルタンアフメット地区のホテル街を抜け、シルケジ、エミニョニュ、そしてアタトゥルク橋から向こうにガラタの町並み。空港ピックアップタクシーの車内ではアラベスクが大音量でかかっている。白髪の運ちゃんから「あんたを乗せるのこれが二回目だよ。日本のチェ・ゲバラさん」と話しかけられた。

c0008520_17215723.jpg夜9時過ぎにガラタアンティックホテルにチェックイン。部屋は暗く狭いが、立地は最高なので、ついここにしてしまう。荷物を置いて、ベイオウルの街に繰り出すと、狭い通りの両側にバーのイスとテーブルが並び、ものすごい人数の人々が飲んでいる。トルコはEU化を推し進めたいので、1〜2年前から公共の場や建物内は禁煙になり、そのせいでこれまで店内にいた人も全て店の外に出て飲むようになった。そのせいでベイオウルの裏通りはかつての妖しげな雰囲気はなくなり、誰でも気軽にハシゴ酒出来るような場所になった。

c0008520_17224331.jpgいつものように機内食には一切手を付けずにきたので、胃腸は快調。(10時間も座ったままで食欲なんてわかないよね。しかも世界三大料理の国、トルコに来るのに、余計なもの食べてられるか!)小腹が空いている。ケバブの老舗コナックでドネルケバブをテイクアウトし、そのままバビロンへ直行。ババズーラのムラットからライヴは22時スタートと聞いていたが、22時15分にバビロンに着くとまだ客入りを始めたばかりだった。ムラットやレヴェント達と再会し、新作の感想などを伝え、フロアに戻る。
 
c0008520_1723569.jpg23時過ぎにバビロンが満杯になり、ライヴスタート。フロアは7割が地元客、3割が外国人。ババズーラのライヴ、最近毎年見ているが、前回見た時はベリーダンサーのバハールが歌も歌い始めたばかりだったが、今回は彼女の歌がこなれていて、彼女まで含めてババズーラという感じになってきたなあ。現地在住の日本人ベリーダンサー、海ちゃんも出演していた。
もう何度も見ているけど、ババズーラは他にない強い個性を持ったバンドだ。サイケデリックロック、トルコ民謡テュルキュ、トラキアのジプシー音楽、80'sニューウェイヴがイスタンブールという場所で溶け合った音。打ち込みとパーカッションによるリズム隊とディストーションのかかった弦楽器をかき鳴らすスタイルはロックだが、轟音ギターではなく、轟音サズなので倍音が独特。旋律は中央アジア起源のトルコ民謡だし、リズムはトラキアの9拍子、歌の内容はアレキサンダー大王の伝説や神話を題材にしたものが多い。
新作には元ADFのDr ダースやブッゲ・ウェッセルトフトも参加しているが、いつかOKIさんやティナリウェンと一緒に先住民ロック、伝統音楽ロックフェスなんてあったら楽しいだろうな。と写真を撮りつつ半分睡魔に誘われながらも思う。アンコールまで終了したのは1時半。日本時間で朝8時半だ。楽屋で挨拶し、ホテルに戻り2時過ぎに就寝。外からは飲み屋の騒ぎ声がまだまだ続いていたので耳栓をして寝る。
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by salamunagami | 2010-12-25 17:27 | エキゾ旅行  

Baggage for New Journey

c0008520_0414337.jpg旅の荷物なんて一時間で準備出来ると普段から豪語しているのだが、今夜エルスールから戻って、実際に荷物を詰めてみると40分で終了。待てよ、こりゃいくら何でも速すぎる。忘れ物はないかなと見渡すと巨大な三脚を入れ忘れていた。というわけで荷物を一回ばらし、詰め直す。普段ならスーツケースの半分はガラガラなのだが、今回はたっぷり買うCDのためCDRのバルクケースを幾つかと、防寒のためのホッカイロ60個が場所を取っている。行きの段階でパンパンだ。

風呂入って寝る前に忘れ物ないか、もう一度指さし確認しよう。
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by salamunagami | 2010-12-24 00:41 | エキゾ旅行  

Nenga-jo

c0008520_16314891.jpg今年は引越もしたので、住所変更のお知らせも兼ねて、年賀状を書く。今年は本当に一年が早かった。来年、再来年ともっと早く感じるようになるのだろうか?
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by salamunagami | 2010-12-22 13:28 | エキゾな日常  

Old Hindi Filmi Songs on YouTube


youtubeを開くと、オススメ動画の所にインドの映画会社eros entertainmentが最近アップしたばかりの古いヒンディー語映画の音楽シーンばかりが並んでいる。現代のボリウッドと比べて画質が悪いのと、俳優のルックスが大時代過ぎて、なかなか足を踏み込めない世界(踏み込んでしまったら抜けられない底なし沼が広がっている)だが、音楽だけ聞くなら、今のボリウッド音楽には失われたしとやかさがイイね。このヒュルヒュル・ストリングスもいつの間にか過去のものになりそうだからなあ。


どんな内容の映画かは知らないまま、しばらく見入って、聞き入ってしまった。

すみません、仕事しま〜す。

http://www.youtube.com/user/erosentertainment
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by salamunagami | 2010-12-21 11:21 | エキゾ音楽