カテゴリ:エキゾ旅行( 316 )

 

3.15 Thu. Al Kauser at Last

c0008520_21311171.jpg3月15日木曜
最後のショッピング、そして空港に向かう途中で最後の飯!


c0008520_21314471.jpg僕は今日が最終日。百合子はあと一週間残るので、持って行けるだけの荷物をまとめてもらい、朝から荷造りする。午前10時半にハウスカーズヴィレッジに向け出発。リキシャで20分ほどの距離だ。一年半ぶりのハウスカーズヴィレッジはますますオシャレな店が増えていた。まず最初に知りあいのフランス人女性イリスが経営する雑貨屋Purple Jungleへ行くと、イリスはまだついておらず、テンジンというチベット系の女性が店員をしていた。そこでサラームバワン用のコースター2セットとバッグ、ランチョンマットなどをまとめて買う。結構な値段だ。

c0008520_21311899.jpgそれから待ち合わせ時間の12時まで散策し、12時に南インド料理店に到着すると目の前に村山先生も到着していた。中に入るとデリー在住のマルホトラヤスコさんが待っていてくれた。彼女はいつもお土産を持ってきてくれるが僕たちはせっかく持ってきたお土産をホテルの部屋に置き忘れていた。まあ百合子がデリーにいる間にもう一度会うらしいので良しとしよう。

c0008520_21312048.jpg260ルピーのミールスをいただく。今回の旅行の間でミールスを食べるのは初めてだ。小さなキュウリのような野菜の炒め物はケーララで何度も食べた。食前のラッサムスープも濃厚で美味い。
 たっぷり食事をいただいていると、午後1時半くらいには広い店内が一杯になっていた。インド人は昼食遅いのだ。南インドならではのコーヒーをいただき、お店を出る。ヤスコさんに案内され、お洒落な書籍店とpeople treeという服屋に入り、そこでも神秘詩人カビールの詩がデーヴァナーガリー文字でプリント&刺繍されたTシャツなどを買い込む。村山先生は紙を貼り合わせて作った丸い箱にヌスラット・ファテー・アリー・ハーンと彼の楽団が手書きで描かれた小箱を見つける。1200ルピーと安くはないが、運命の出会いかもしれない。ハウスカーズヴィレッジにいるとお金がいくらあっても足りなくなりそうだ。

c0008520_21323177.jpgヤスコさんに買い損ねたCDを買いたいと言うと、グリーンパークマーケットに行きましょう。歩いて15分くらいですとのこと。そんなに近かったんだ。じゃあ歩いてみよう。今回のデリーの気候は歩くのに丁度良い。寒くもなく暑くもない。15分ほど整備された道を歩くとグリーンパークに到着。ここはデリーでも最も歩道が整備されたマーケットだ。何気に入ったホライズンというCD屋がこだわりのオヤジがやっている店でナイスだった。村山先生のリクエストにも即座に応えてくれて、在庫をチェックしてくれるのだ。探していた半年オチの新譜はこの店にもなかったが、50~60年代のヒンディー映画の音楽CDを私のために特別に選んで下さいと言うと、その場で10枚のCDを選んでくれた。これがたった今帰宅して経堂サラームバワンで聴いているのだが、妙に染みるのだ。当時のボリウッドはラター・マンゲーシュカルとアーシャー・ボーズレーの全盛期。たおやかで、それでいてリズミック、多少ラテンなどの非インド兼音楽からの影響も受けている。これは良い買い物をした。
 4時過ぎにヤスコさんと村山先生と別れ、ホテルに戻る。村山先生と僕は夜中の1時のフライトで日本に戻る。その前にインド最後の飯を空港近くの有名なBBQレストランAL KAUSERでテイクアウトして買っていこうという話になり、夜8時半に僕たちのホテルに来てもらうことにする。
宿に戻り、買ったものの写真をアップし、最後にもう一度荷物チェック。僕のスーツケースは25kgくらいある。それに加えて無印の黒いショッピングバッグは5kg、僕のバックパックは8kgだ。どこまで持ち込めるかなあ?

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8時半にロビーに降り、宿代を精算し、到着した村山先生と二人でACカーに乗り込み、百合子と別れいざ出発。その瞬間にズボンの後ろポケットにインド携帯が入っていたことに気づき、車を停めて、宿にダッシュで戻り、ゆりこに携帯を渡す。危なかったなあ! 旅先の携帯は生命線だから。そして再度出発。まずはAL KAUSERに向け、運チャンが飛ばす。二度、三度と道を歩く人に聞いて回るがその度に違う方向を指さされる。そこで村山先生の携帯を使ってAL Kauserに電話して、行き方を聞いてもらう。そして迷いつつ45分でAL Kauser到着。車通りの多い道路の真ん前でもうもうとカバーブの煙が上がり、カップルたちが野外の席で食べている。とりあえずメニューがなさそうなので、頼みたいもの、チキンビリヤーニー、アフガニーチキン、カコーリカバーブを頼むと、720ルピーを請求された。ちょっと高い気もするがそんなものか。運転手は遠回りの代わりにビールを一本おごってくれと僕の財布から100ルピーを抜いた。もちろんどうぞそのくらいでイイなら! ビリヤーニーのゴツっと重い素焼きの壺と紙の箱に入ったカバーブ類を受け取り、車に戻り、空港までは更に15分。デリーの新空港は二度目だが成田よりも全然デカイ。インド人こんな立派な建物良く作ったよ!
 出発3時間前の22時。タイ航空のチェックインカウンターはまだガラガラ。ラッキー! 以前なら3時間前でも長蛇の列になっていたのに、随分進歩したなあ。村山先生の巨大なズタ袋二つと僕のスーツケース、そして無印のバックでトータル65kgオーバー。手荷物にすると言うと、手荷物も一人8kgまでですと、理路整然と係員に言われてしまう。エアインディアは最近一人の荷物を40kgまで上げたがタイ航空はまだそんなことやってない。一人20kgがマックスである。そこで預ける荷物から重い本を幾つか抜き出すが、それでも15kgくらいはオーバーしてる。「貴方の言うことが正しいことはわかっているが、どうすればいいんだ?」と村山先生が得意のインド人泣き落とし作戦を始めるが、それでも若いインド人の会社員にはなかなか通じない。そこで相手のほうから「全部で5kgオーバーにしますので、7500ルピー払って下さい」と言われる。それまでだ。僕がクレジットカードで支払するが、そのカウンターまでは別の若い職員が付いてきてくれて、きちんと対応してくれた。そして残りのチェックインを済ますと、今度は若い女性の職員が税関に来て下さいと案内される。出国カウンター直前に案内され、税関に行くと「キャー・カルナー?」とヒンディーで聞かれる。「何やってる?」ってどういう意味? 「荷物は本と服です」と答えるがこれも通じてない。そこに村山先生が登場し、「私は大学講師です。中身は貴方の国の詩人グルザーの詩集など重い本ばかりです」と答えると、税関のオフィサーはにこりと笑って「よろしい!」と。「キャー・カルナー?」は「職業は?」の意味だったのか。
 出国スタンプをもらい、荷物チェック。今度は村山先生の荷物がひっかかった。中身はAL KAUSERの巨大なビリヤーニーの素焼き壺だ。「ビリヤーニーだよ」と答えるとオフィサーに笑われた。
 そんなわけで、小さなトラブルがあったものの、全て順調に出国できた。これがかつてのインドだったら、オーバーチャージのカウンターが現金しか対応していなかったり、そのために悪いレートでの両替させられたり、右へ左への大騒ぎに発展していたはずだ。それが我々二人にタイして二人の職員が丁寧に案内してくれるなど、インドの空港も随分変わったなあ。
 だだっ広いデューティーフリーショップの真ん前のベンチに陣取り、手を洗い、ビリヤーニーやカバーブを広げると、あたりにむっと香り高い本物のサフランが香りが広がった。これですよ。これ! 村山先生が近くの食堂で紙のお皿とフォークをもらってきてくれた。
 中身を広げてみると、これは720ルピー約1200円でも高くない。アフガニーチキン1つと頼んだが、1つとは1羽まるごとだったのだ。そして1.5合ほどのチキンビリヤーニー。そして羊肉のタタキをスパイスで混ぜ込んでペースト状にしたものを焼いたカコーリーカバーブ。どれも絶品。旅の最初にイスラマバードのカブールレストランで食べた羊のシシカバーブにもまけない肉への飽くなきこだわり。素晴らしい味だ。わざわざ旅の最後に立ち寄って良かった! X線検査で怪しまれても! しかし、3〜4人分の食事だ。二人では食べきれない。しかも僕はお腹の調子は本調子ではないので、2/3ほど食べて残りは機内に持ち込むことにした。
飛行機は時間から20分遅れで出発。しかし飛行時間は2時間半、すぐに寝入ってしまった。バンコクでの乗り換えも1時間あり、十分に余裕があった。バンコクからのフライトも3時間は寝てしまい、最後に映画を一本見たらすぐにランディングとなった。アル・カウサルの食事が効いているので機内では何も食べずに済んだ。

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日本到着は時間通りに午後3時40分。そこから入国、税関を経て、4時35分の新宿行きリムジンバスのチケットを買い、村山先生と別れる。今回の旅は本当に先生にお世話になった。またいつかご一緒したい。
 リムジンバスは渋滞に巻き込まれ、新宿着は午後6時40分。二時間かかったのは初めてだ。35kgの荷物をかかえ、タクシーに乗ろうかと思ったが、エレベーターを上手く使って小田急の各駅停車に乗り、経堂まで荷物を持ちあげることなく到着した。バリアフリー万歳!
 駅前のタクシーに乗り、サラームバワンへは5分かからずに到着。午後8時前。郵便物を一部受け取り、部屋に入ると寒いなあ。ストーブには灯油が切れていたのでその場で灯油を入れる。そして箪笥にしまっておいたimacを机の上にセットアップし、ネットをつなぐ。百合子とすぐにtwitterが繋がり、彼女は既にジャイプルに着き、アールヤニワースホテルで一休みしていることがわかった。
 荷物を分解し、スーツケースと旅の用品は全て箪笥にしまい、洗濯する服、これから着れる服を分類し、CDや本やお土産も分類する。百合子の服は彼女の部屋の中に押し込む。服を着替え、チャリに乗って駅前のアイバンラーメンプラスへ。しょう油ラーメン全部のせ950円を頼む。三週間ぶり(本当はジャイプルのフランス人宅でチョリソを食べてるけど)の豚肉。しかもトロトロに煮込まれた三枚肉がたっぷり乗っている。950円を580ルピーと考えてしまうのはよくあるインド病の症状だ。謙虚に日本の物価を受け入れよう。帰りにミニスーパーに行き、牛乳と明日の朝飯のチョコドーナツとプリンを買う。帰宅後、ラホール以来、久々の風呂に入る。コーラがどうしても飲みたくなり、隣のスーパーの横の自販機まで買いに行く。日本の夜は寒いなあ。ネットでは沢山の人に「お帰りなさい、お疲れ様です」との連絡をいただく。
 
村山先生は来週のバダル・アリー・ハーンの東京公演が成功するまでまだ旅が続いていると言っていたが、僕のほうも百合子が戻ってくるまでは部屋も片付かないし、一人暮らしだ。まだ半分旅が続いているような気分が抜けないでいる。
この数時間のうちにラジオ出演一本と新作CDの案内、DJの依頼の連絡をもらう。一時止まっていた下痢がなぜかまたまだ始まった。3時間半の時差のせいで、午前1時になってもまだ眠くならないが、来週は忙しくなりそうなのでもう寝よう。とりあえず三週間、お疲れ様でした! そして東京の皆さんまたよろしく!
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by salamunagami | 2012-03-17 21:36 | エキゾ旅行  

3.14 Wed. Writing Articles at the Hotel Room

c0008520_22225574.jpg3月14日水曜
妻が倒れ、僕は部屋で原稿書き

 今度は妻に疲れがたまって倒れ込んだ。もう動けないと言っている。まあ予定のつまった旅とはそういうものだ。オレも村山先生もそれぞれ一日以上倒れてるし。というわけで、ちょうど催促の来た原稿書きにちょうど良い。日本から送ってもらった音源をダウンロードして試聴して、レビューを書いているが、気に入ったものがなかなか見つからない。まあmacbookのスピーカーから聞いて、魅力的に聞こえる音楽なんてほうがまれなんだが。
 いくつかの原稿を書くと既にお昼過ぎ。隣のスーパーに行って妻のために整腸剤イスパゴールを買う。大きなパックしか売ってないので、仕方なくそれを買う。それから炭酸水600ccのを三本。乾いた国ではコーラやソーダが本当にうまい。インドではビスレリというドリンキングウォーターが今いち美味くないので、ソーダ水を飲むほうがイイ。
c0008520_22223647.jpg今日は天気が良いなあ。宿に戻り、原稿を書き続ける。妻がジュースが飲みたいというので、午後2時55分に、ルームサービスでチキンモモとオレンジジュースを頼む。それから1時間、僕は日記に没入していたが、気づくと午後4時。まだ届かないので、レセプションに電話すると、やっぱりすっかり忘れられていたらしい。This is India again! 妻は「やっぱり!」と怒っているが、まあそんなもんだよ。
 5時前まで原稿や日記を書き、サイクルリキシャに乗ってGK1のMブロックに、買い物用のずだ袋を探しに行く。Mブロックのマーケットはいつも行っているNブロックよりも規模が大きい。しかももっと庶民寄り。若者向けの安い服屋さんがいっぱい並んでいて、賑わっている。マーケットを一巡するが、ずた袋は見つからなかった。安宿街のパハールガンジに行けばいくらでも売っているのだが、ここサウスデリーからは遠いのだ。
 宿に戻り、妻を置いて夕方6時に外出。まずは前日にシェイハに連れていってもらったミッタルティーにサフランを買いに行く。スンダルナガールマルケットまでオートリキシャの言い値は120。ミッタルティーではミッタルさん、はじめ前日に会った皆さんが東洋人のお客の相手をしていた。日本人のようだが、肌は浅黒く焼けている。ポケベル?のホルダをベルトに通している。一応「日本の方ですか?」と聞くと、向こうからも「日本人ですか?」と聞き返される。聞くと、一時帰国の会社のおみやげにここの紅茶が最適なんだという。小さなパックを大量に買い込んでいた。
c0008520_222239100.jpgミッタルさんに、前夜のカウワーリーのことを聞かれたが、音響も良いし、人々はお札を投げまくっていたが、実はすっかり寝てしまっていたと話すと大笑いされた。「それでも最高のBGMだったでしょう」と。
 サフラン4g=1000ルピー=1680円とガラムマサラ200gを買い、お暇する。
 スンダルナガールマルケットにはリキシャやタクシーの乗り場がなかった。仕方ない、ニザームウッディーン廟まで歩くか。通りに出て、10分ほど歩いていると後ろからサイクルリキシャが着いてきたので乗り込んだ。すると5分もしないでニザームウッディーン廟の参道に着いた。いつも歩いている参道とは違うが、まあ色んな方向からの参道があるのだろう。舗装されていないどころか、泥でボコボコの道の両側にはムスリム系のノンヴェジ料理の汚い長屋が並んでいて、巨大な壺状の鍋でカレーを煮込み、ビリヤニを炊いている。タンドーリチキンも埃だらけだろうな。夜道の参道をカメラを下げて歩くのは危険かなあとも思うが、ここはダルガーだ。危険な雰囲気は一切ない。そもそもインドでは、イタリアやスペイン、イギリスの裏通りみたいな危険な雰囲気の場所ってほとんどない。
村山先生との待ち合わせ場所カリームホテルの角でしばらく待つ。
 夕食は二日前に訪れたムスリムのファミリーレストランへ再び。チキンコルマカレー、マトンビリヤニ、マトンシークカバーブ、ヨーグルト、ナーンを頼む。僕はビリヤニ原理主義者。この度経堂のガラムマサラの定休日木曜を利用して日本ビリヤニ協会(NBA)のメンバーが日本初のビリヤニレストラン「ビリヤニマサラ」をスタートするとfacebookを通じてアナウンスがあった。日本に戻ってもわが経堂で美味いビリヤニが日常的に食べられるようになるのは嬉しい!
 しかし、今回大好きなビリヤニナンバルワンの店アルカウセルに行けなかったのが惜しまれる! 
 たっぷりのマトンとチキンを食べ、いざ、ニザームウッディーン廟へ!
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8時過ぎに廟に入り、まずはアミール・フスローの墓参り。お墓の周りでは目の見えない少年が薔薇の花びらを献花し、御利益を授かっていた。

c0008520_22225228.jpg本堂の前にカウワールたちはおらず、その代わりにアラビア語の朗誦が流れていた。シェイハと彼女の友人の日本語が達者な中国人女性と会う。30分ほどでカウワーリーが始まった。僕の前には一眼レフカメラを買ってもらったばかりの若者たち、いわゆるカメラ少年たちが4人陣取り、附属の望遠レンズでカウワールや女性たちを激写して、ふっと去っていった。そこで最前列が空いたので、やっとカウワーリーを撮影出来る!と思ったら、そのまま何も始まらない。
 c0008520_22223930.jpgしばらく待って、本堂脇のカウワールたちの詰め所のような所を覗き込むと、なんとカウワールたちがギャラの分配を行っていた。なかなか見られないシビアな場所だ。あのロックスターカウワールもなにやら意気込んで交渉している。その中で、ニヤジ・ブラザーズという兄弟組に話しかけられた。
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ギャラの精算しているということは今日はもう終わりだろう。サルミーさんやシェイハたちに別れを告げ、おいとまする。門をくぐり、靴預け屋に出ると、右側からカウワーリーが聞こえてきた。なんだろう。狭い室内で、聖者ピールを囲んで先ほど歌っていた若いカウワール団が演奏しているのだ。そこで参列していた兄貴に手を引かれ、聖者ピールに献金を二人一組で行うことになった。
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三日連続の参列はやはり疲れてきた。靴預かり屋に戻り、靴を受け取り、リキシャに乗って帰宅する。まだ夜の10時。しかし、疲れきっていたので、写真を取り込みメールをチェックし、寝る。
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by salamunagami | 2012-03-15 22:26 | エキゾ旅行  

3.13 Tue. Shopping & Qawalli @Delhi 2

c0008520_2030409.jpg3月13日火曜
オールナイトカウワーリーフィーヴァー二日目

朝7時過ぎに目が覚めてしまう。四時間しか寝ていない。しかし、それ以上眠れないので、写真を取り込んだり、経費をつけたりしているといつのまにか8時半。

お腹の調子がまだ悪い。シャ〜シャーという本格的な下痢が三日目。日本から持ってきた薬が効かないので、村山先生にいただいたイスパゴールをヨーグルトに混ぜていただく。二度目だがやはり不味い。
 午前10時半に出発。まず最初に妻のジャイプル行きのバスチケットを買いにビカネールハウスへ。リキシャ代は100という。なんだこないだ200だったのに。チケットを予約し、次はメヘルチャンドマーケットという場所へ。リキシャを下ろされた場所でショップナンバーを頼りに歩くが、どうしても目当てのplayclanが見つからない。よく住所を見るとメヘルチャンドではなくカンナーマーケットという場所だった。でも同じローディコロニーの中のはずなので近いだろう。道を尋ねながら探すと、10分ほどでメヘルチャンドマーケットに着いた。途中の道は閑静な住宅地。メヘルチャンドは前回サトコンジジコ夫妻に連れていってもらったオシャレなショッピング街だった。そこで妻が地元デザイナーブランドのシャルワールカミーズを二着買う。そしてショップナンバーをたどるとplay clanが見つかった。なんだ、サーケート店よりもよっぽどでかいじゃないか! 店に入り、Tシャツコーナーヘ。そして気に入ったデザインのものは、全てお取り置きし、友人に頼まれたサイズや僕のサイズを出してもらう。その場で9点のTシャツと1点のコースターを買うと、後から来た西洋人旅行者があっけにとられていた。日本人は買い物キチガいだ!とくらい思われたかもしれないが、言っておこう。Play Clanは気に入ったデザインと希望のサイズがあったなら、迷う前に全て買っておけ! 彼らも1年後には僕と同じことを言っているはずだ。
c0008520_20311290.jpg 買い物を十分済ませたので、GK1に行き、今度は本屋さんへ。英語本屋の中でもCDコーナーは格段に小さくなっていたが、それでも他の店にはないシュジャート・カーンのスーフィーものなどニューエイジ〜スーフィーの専門レーベルCDが並んでいたので、とりあえず9枚買う。レジに行くと店員に「すばらしいセレクトですね」と言われる。つーか、他に欲しいもの一枚もなかっただけだよ。妻はインドらしいハンドメードの絵本を買う。
 屋上のカフェタートルへ。二人ともそれほどお腹が空いていないので、ペストのペンネを一皿頼み二人で分ける。ザクロジュースは消化に良いはず。これだけで850ルピー。前夜のムスリム・ノンヴェジ飯が四食食べられる値段だ。タートルで一休みした後に、買い物を続ける妻を置いて、僕だけ先にホテルに戻る。案の定、東京の編集者から催促のメールが来ている。
 妻は4時に戻り、その場で前夜に会ったMasala Teeのシェイハさんに電話すると、5時に我が家に遊びに来て。マサラティーをごちそうするからと誘われる。よろこんで!
 4時40分にリキシャに乗り、ニザームウッディーン・イーストに向かう。5時ちょうどにイーストに到着。しかし、住所がなかなか見つからないので歩き回ると、ニザームウッディーン・イーストは結構な高級住宅街になっていることを初めて知った。やっとたどりついたシェイハの家の横には大型マンションを改装したような(代官山のツタヤみたいな建物)B&Bがあった。一応値段を聞くとダブルで8900ルピー(約15000円)とのこと。部屋の中は見ていないが、40mくらいと広いベランダも着いていそうだ。
c0008520_20314568.jpgシェイハの家は200mくらいのワンフロアと屋上付き。屋上はモロッコのリヤド風にイスとテーブルが配置され、目の前にはなんとフマユーン廟が一望出来る。うらやましい! これまでに旅先で伺った家で眺望がうらやましかったのは、まずボスポラス海峡が一望出来るメルジャン・デデの家、そして先日のラホール城塞の一部となっていて、ラホール城が一望出来るオッサンの家、それから今日はフマユーン廟だ! 東京の我が家サラームバワンは、来てくれる皆さんにうらやましい家、すごい家と言われるが、僕達は旅先でもっともっとうらやましい環境の家を見ている。だから東京でも無意識に似た環境の家を探してしまうのだろう。まあ借家なんでいつまで住めるかはわからないんですけどね。
 シェイハの養子のAちゃんに手を繋がれて、彼女の秘密の遊び場である屋上のブランコに案内される。Aちゃんは三歳のインド人、シェイハとおなじく流暢な英語とフランス語を喋るがヒンディーは話さない。複雑な環境で、不思議な子、マサラな子に育ちそうだ。シェイハ自身、聞くと、ウイグル人と中国人とマレーシア人、そしてエジプト人の血を引き、シンガポール、上海、パリ、デリーで暮らしてきたという根っからのマサラー人だ。
 妻が彼女に「スウィート・モロッコ」を献本すると、女性二人は意気投合して、盛り上がる。
c0008520_20321960.jpgお茶の後、僕がスパイスを買いたいと言うと、彼女が行き着けのお茶屋、ミッタルティーに出かける。
 ミッタルティーの主要取引先は日本らしく、マネージャーはきれいな日本語を話す。ガイドブックるるぶに掲載されているらしい。そのるるぶのイラストはゆりこが描いていた。ここもスモールワールドだ
 ここのスパイスとお茶は全てオーガニックとのこと。僕が欲しいスパイスのリストを渡すと、その場で計って、袋詰めして真空パックしてくれた。買ったのはクミンシード,コリアンダーパウダー、コリアンダーシード、マスタードシード、シナモン、クローブなど各300g前後ずつ。途中、店主のミッタルさんが現れる。いかにも品の良さそうなインド北西部の顔をしている。「ミッタルさんはグジャラートの方ですか?」と聞くと、「生まれはハリヤナですが、家族はラージャスターン、グジャラートにいます。それらの地方は土地が肥沃ではないので、兄弟の多くは外に出て仕事をするのです。だから私の兄弟も一人は地元で、私はデリーです。親戚は世界中にいます」という。
 直接ダルガーに行くつもりだったので、サフランを買うほどのお金も持ち合わせていなかったし、カードもホテルに置いてきていた。なのでサフランだけは出直して買わねば。「全部あわせておいくらになりますか?」と村山先生から習っていたヒンディーで聞くと、「シェイハさんのお友達なので特別価格に致します」とヒンディーで返ってきた。「僕達のために特別なものはありますか?」と聞き返すと「貴方たちに特別にバニラシードを三本差し上げます」とも。そんな高価なものをいただけるとは! ヒンディーを勉強しておいて良かった!
 スパイスは全部で1000ルピー。サフランだけは5g(インド産は1gで239ルピー)ほど買いにもどらないと! 
 買い物を終え、再びシェイハの家に向かうが、その途中にある純白のグルドワーラーで下ろされた。見学してこいというのだ。窟を脱ぎ、帽子を被って、参拝する。夕方だったおかげで、建物の中ではグルの讃歌が歌われていた。15分ほど休んでから、シェイハの家に戻る。Aちゃんはipadでトムとジェリーを見ていた。夕食を用意したと言われるが、この後村山先生と夕飯の約束をしていたので、軽く一口だけいただき、8時40分においとまする。彼女とは翌日のダルガーで再会するはずだ。
 ションベン臭い道を歩き15分でニザームウッディーン廟の入り口に。携帯を見ると村山先生からSMSが届いていた。「夕食にはアルカカット(これでインディアドットコム)さんが一緒になる」とのことだ。喜んで!
c0008520_20331477.jpg参道をカリームホテルに曲がる角でアルカカットさんと合流し、そのままカリームホテルへ。地下二階の冷房が効きまくったファミリールームに通される。村山先生もすぐに現れた。
 頼んだのはチキンマサラーとチキンティッカと羊の脳味噌カレー、そしてマトンビリヤニ、ナーン。オールドデリーにある本店には最近は行けてないが、ニザームウッディーン店には、サラームの音楽ツアーなどで頻繁に来ている。
 届いた肉はどれも最高に美味い!チキンティッカ、ビリヤニの炊き込みマトン、羊の脳味噌のトロトロで濃厚なのどごし、煮込まれたチキンの足、どれも最高!
 夕食をゆっくり取り、11時前にニザームウッディーン廟に入る。

c0008520_2033441.jpg今日は前夜よりも女性率が低い、というかオッサン率が高い。座った瞬間僕と妻はすぐに座ったまま眠りこけてしまった。というのも前日は4時間しか寝ていなかったから。だから11時〜12時代のカウワーリーについてははんぶんまどろみの中で聞いて、写真を撮って、ビデオを撮影していた。前日とは異なり、歌手のところにマイクが置かれたため、音量がアップし、前日ののんびりした雰囲気とは異なり、パワーあふれる演奏となった。そのせいか、曲がサビを迎える度にオヤジたちがいてもたってもいられないといった風情で真ん中に立ち上がり、次々とお布施を撒いていく。音楽もそれにまして繰り返しが多くなり、パワフルに、呪術的になっていく。三連のせわしないリズムにのって、オヤジ達が次々とお金をばらまき、しまいにはパキスタンで見たような花びらまきにまでなっていく。それをほんの1mの距離から眺めている。ものすごい光景だとはわかっているのだが、どうにも睡魔から逃れられない。
c0008520_20341440.jpg音量は前夜よりはるかに大きく、頭にウルドゥー語のフレーズがこびりついて離れない。どうにも朦朧とした音楽体験だ。客観的に見れば前日より、今夜のほうが音楽的にも宗教儀礼的にも充実しているのだろうけど、ここまで眠いと、もうどうにもならない。迫力のカウワーリーを贅沢な子守歌として聞くしかない。
c0008520_20345825.jpg1時前になってやっと眠気が覚めてきた。一旦、近場を離れ、数メートル脇から全景を見れるように場所を移る。二時を過ぎてもまだまだ終わる気配がない。たっぷりとカウワーリーを浴びてから帰宅。イイ顔オヤジたちのレイヴパーティーだ。
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by salamunagami | 2012-03-14 20:35 | エキゾ旅行  

3.12 Mon. Shopping & Qawalli in Delhi 1

c0008520_2021235.jpg3月12日月曜
デリーでショッピングとカウワーリー!

 快適な部屋で午前7時に目が覚める。テレビでボリウッド最新ヒット番組を見ると、一年オチくらいの曲はどれも回転数を上げている。昔からそうだけど、回転数を上げて、一定の時間内にプレイ出来る曲を増やしているのだろう。それがお得に思えるのかもしれないけど、音楽を作っている人に失礼じゃないか! と思うのは僕が音盤原理主義的な時代が長すぎた日本人だからだろう。
 写真を取り込み、遅れている日記に忘れないようにポイントを箇条書きにして、8時すぎルームサービスで朝食を頼もうとしたら、一階のレストランで朝食が込みですよと言われる。一階に下り、日本のビジネスホテルと変わらないブッフェ方式の朝食をいただく。違いは南インドのイドリーやサンバルが並んでいること。そして、ここにはなんとチャーイはない。あるのは日本のファミレスによくあるエスプレッソ&カプチーノマシーンだ。デリーはすっかり都会になっちゃったんだなあ。
 午前中はサーケートのセレクトシティーウォークへ。面倒な荷物チェックを受け、まず最初に目指したのはPlayclan。ここで1年分のTシャツや袖付きシャツを買い込むのだ。ただ小さい店舗なので、ちょうど良いサイズがない事も多い。それでも4着とコースターを買い、デリーに他に支店はないのか?と聞いたら、ウェブサイトを見てと言われた。
 妻と一旦別れ、CDショップPlanet Mに入る。ここも品揃えが絶望的。一年オチ、半年オチのボリウッドCD例えば、tees maar khaanやdirty picture、double dhammalのオーディオCDは在庫がないと言われる。たっぷり買い込もうと思って来たのに、欲しいのは三枚だけだった。しかもカードで払えないと言う。全国チェーンだぜ? どうなってるの? インドのCD販売店もうダメだな。ボンベイのリズムハウスには頑張っていて欲しい。
 買うものもないので吹き抜け二階のバリスタでお昼を取って、妻の帰りを待つ。周りのテーブルを見ていると、チョコレートとクリームたっぷりの超大型フラペチーノを食べた後にパスタやピザを頼み、食後にコーヒーまで頼んでいるお客が多い。僕は相変わらずお腹を壊していて、冷たいものが飲めないのでティーバックのマサラチャーイだけ頼む。それだけ食えるのはうらやましいが、太るぞ〜!
 ゆりこが戻ってきて、クラブサンドイッチを頼むと案の定日本の二倍サイズ。二人とも食欲がなかったので二人でも食べきれなかった。一旦ホテルに戻り一休み。
c0008520_2022682.jpg夕方7時に村山先生とニザームウッディーン廟の参道で待ち合わせ。僕達のリキシャはニザームウッディーン・ウェストの裏道から入っていたため、待ち合わせ場所を見失うが、カリームホテルの曲がり角で村山先生を見つける。一週間ぶりの再会だ。
 ゆりこがお腹が減ったというので、近くのやたらと人が出入りしている美味そうなムスリム料理屋に入る。僕は全くお腹が減っていなかったのだが、メニューを見た瞬間にお腹が突然減りだした。マトンシシカバーブ、シャーミカバーブ、チキンビリヤニ、ライタを頼むと、さっきまで腹の調子が悪かったのが嘘のように気分が変わり、お腹が動き出した。
 一週間美味しくて健康的なベジ生活を続けてきたが、それはそれで美味しかったのだが、やはり僕には肉が必要ということか? しかも美味い肉が! あっという間に頼んだ肉類を食べ尽くし、勘定を頼むと、一人あたり110ルピー。なんだ今日の昼飯の美味くもないクラブサンドイッチの1/3じゃん! 
 ニザームウッディーンの参道奥に進む。村山先生が通りの脇の何を売っているのかよくわからない店で、100ルピー渡した。すると食券のようなものを10枚返してくれた。そこに周りからいかにも薄汚れた格好のガキやオッサンがわらわらと近寄ってきた。ランガルという喜捨システムらしい。一枚10ルピーの食券になっていて恵まれない人達に配るのだ。僕とゆりこも100ルピーずつ買ってみた。
c0008520_20223732.jpg参道を進み、サンダルを預け、いざニザームウッディーンへ。入り口に入ったところにあるアミール・フスローの墓の前でもカウワールたちが歌っているが、まずはここの管理人であるサルミーさんに挨拶しよう。本堂に近づくと、サルミーさんはいつもの場所にいた。挨拶を交わすと高校三年生となる息子さんを紹介された。
 本堂の前に10mほど離れた場所にカウワールたちが陣取り、その左右を男性と女性/家族席として沢山の人々が座り込んでいる。横に腰掛けていた色白の東洋人、日本人かと思って日本語で話しかけると、シンガポール人でフランス人男性と結婚してデリーに住んでいるという。名刺をもらうとmasalateeと書いてある。オキヨシさんやサトコンさんのお気に入りのインドのブランドの名前だ。マサラティーで働いているんですか?と聞くと、「知ってるの? もしかして、あなたたちはオキヨシさんのお友達?」「そのとおり、お友達も何も仲の良い友人です」「じゃあ、オキヨシさんと一緒にマサラティーのシャツを着ていたのは貴女じゃない?」とゆりこに。「そのとおりです」世間は狭いというか。旅先ではこういうことが本当によく起こる。
彼女はシェイハさん、やはりスーフィーに興味があり、ニザームウッディーンの近くに住んでいて、しばしばここに参拝に来ているという。サルミーさんももちろんよく知っているという。
c0008520_2023246.jpg二曲、約30分ほど歌うごとに楽隊が入れ替わる。その周りに参拝者だけでなく沢山の興味深い人々が蠢いている。まず驚いたのが人間扇風機。イイヒゲの修行僧のようなオッサンが大きな旗のような扇を持ち、全身で振り回して風を送っているのだ。四人ほどの人間扇風機がいたが、どのオヤジもイイ顔過ぎる。そして以前からずっと見ている、カウワールたちや参拝客の仕切り役の爺さん。「そこは邪魔だ!」とか一々ウルサイ。時折、カウワールに混じって一節を大声でがなり立てたりする。
一体この人はどんな職業なのだろうか?
c0008520_20243469.jpgその他にも、歌詞をいちいち噛みしめてしまい、一節ごとにジンときてしまい、曲ごとにお布施を渡しに出てしまう恍惚の人、キマリすぎて動けなくなっていても、時折「ハック、アリー!」と叫ぶ長髪のガイなど、レイヴ・パーティーの構成員と重なるなあ。迫力ある歌声とジャバ・ザ・ハット似のクールなルックスのオッサンカウワールも以前からここで歌っている。
 となりに座ったサリー姿のオバチャンがこちらがヒンディーがわからないのに延々と話しかけてくるので、村山先生に聞いてもらった。彼女はヒンドゥーだが、カウワーリーが大好きでしょっちゅう聞きに来ている。カウワーリーを一万回(正確な回数失念)聞くと五回礼拝行ったのと同じことになるのでどんどん聞け。彼女は11時くらいに帰ろうかと思ったが、お気に入りのカウワールが現れたので、彼が歌うまで残ることにする。
c0008520_2024294.jpg彼女のお気に入りのカウワールとは、全身黒のファッションでキメ、頭もガンズンローゼスのアクセルみたいなターバン巻きで決めたロックスターなカウワールだった。伝統的な衣装のカウワールが多い中、全身黒は目立っている。午前12時半くらいにその歌手が歌い始めた。マイクがないので十分に会場には届ききらないのだが、それでも彼がパワフルな歌手であることは伝わった。
 
c0008520_20255919.jpg1時を過ぎると再びジャバザハット系のオヤジが歌いだし、会場はお布施の嵐となり、音量はアコースティックながらもじわじわと盛り上がってきた。するとタブラの音の向こうに「スドーン」と何かが響いている。一体何の音だろうと思っていたら、落雷の音だった。落雷の音が激しくなるに従って、雨が降り出した。春雷とはデリーではめずらしいらしい。カウワーリーが呼び出してしまったのか?と思うくらいドラマティックな展開だった。
 しかし会場は降り出した雨の対応におおわらわ。まず床に敷いていたカーペットをぬれないように丸めた。カーペットが全て丸め終わる頃にはてんまくから雨がボタボタと垂れてきた。埃だらけの天幕を通った雨は最初からネズミ色だ。大理石の床が真っ黒に染まっていく。カウワールたちは楽器をしまい、多くの参拝客は帰ってしまった。しかし、我々は雨が一段落するまではここにいるほうが無難だ。
 雨は1時間かからずに小降りになり止んだ。すると掃除係たちがカッパギを持って大理石の床をカッバギだした。こういうときに掃除に便利だなあ。
c0008520_20263084.jpgそれでももう2時を回っている。そろそろ帰ろう。サルミーさんとシェイハさんと別れ、参道を戻ると、出口のチャーイ屋でシェイハさんにフランス人とインド人のハーフの女性を紹介された。
僕もフランス人とインド人のハーフの女の子を知ってるよ。ジャイプルに住んでる」と言うと
「それってパルヴィーンでしょう!」と。やっぱり世間は狭い、というか、出会うべき人はニザームウッディーンやアミール・フスローが出会わせてくれるのか?
「ところで私はスーフィーの研究をしているんだけど、日本のスーフィー研究家を紹介してくれない?」 紹介するも何も、目の前にいますよ、村山先生が! 
そこからは二人のヒンディー語の会話になったので内容はよくわからないが、ナクシュバンディーについて話していたようだ。
前半のスーフィー男子校の旅と後半の女子大仏文科美術部の旅がここで重なった。そしてゆりこのショッピング旅行とスーフィーさえここで重なった。

その場で一杯5ルピーの本物のチャーイをいただく。サウスデリーでは見かけなくなった本物のチャーイだ。
彼女は携帯で知り合いのカウワール歌手を呼び出し、もう一度歌わせると言っていたが、現れたのはあの黒服のロックスターカウワールだった。もう一度歌うわよと誘われたが、既に夜中2時を大幅に回っているので、お暇することにした。
雨でビシャビシャの参道を戻り、目の前にいたオートリキシャにケイラーシュコロニーまでの値段を聞くと100ルピーとのこと。200以上だと思っていたのに。

宿に戻ると既に午前三時をすぎていた。
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by salamunagami | 2012-03-14 20:26 | エキゾ旅行  

3.11 Sun. Move to Delhi

c0008520_20171521.jpg3月11日日曜
デリーに移動

11時過ぎにマリーノエルと別れの挨拶。「今度はどこで会えるかしら。ヨーロッパかしら、日本かしら? また会いましょう」
11時半きっかりにコールタクシーが迎えに来た。ジャイプル中心に向かい、アールヤニワースの奥のシンディーキャンプバス停まで45分。メーターを使ってなんと175ルピーだった。リキシャの連中ボリやがって! もう使ってやんねえぞ! 
日曜のお昼時で長距離バス停はずいぶん混んでいる。ラージャスターン政府のバスチケット売り場も並んでいる。普段はがらがらなのに。1時のvolvoにのろうとしたら、既に満席、その後の2時のvolvoも満席と言われる。しかし、急遽追加のバスが一時25分に出ることになって、それはエアコン無しらしい。この際我慢しよう。エアコンが必要なのは夕方4時くらいまでだから。
横入りしてくる若者に「お前は後ろへ行け」と言って列から閉め出すと「友達の分を買うんだ」と文句を色々言ってくる。そこで必殺のキメ文句「神様は今もお前を見ているぞ!」というとコイツは列の後ろに並び直した。二人で800ルピー、ボルボの半額のチケットをやっと手に入れ、プラットホームに陣取る。ふ〜インドの移動はやっぱり大変だ。日曜は予約しないとね。
一緒に行くはずのパルヴィーンに電話し、1時25分のバスだと伝えると「クンダの近くに来たら電話して」と言われる。バスは1時40分に出発し、市内をとろとろと巡回し、クンダに着いたのは二時過ぎ。なんだ宿を出てすでに3時間近く経ってるぞ! クンダでは見送りに来ていたイリヤスと別れの挨拶を交わし、パルヴィーンがバスに乗ってくる。

インド人と一緒の長距離移動は初めてだ。途中の道の駅で降りて、彼女を見ていると、僕達が外国人だから、物売りたちに押し売りされたり、値段をふっかけられたりするわけではなく、彼らはパルヴィーンにも強引にいろいろ勧めている。

c0008520_20174718.jpgバスがグルガオンに入ったのは7時前、まだ1時間はフルにかかるだろう。ビカネールハウスに着いたのは8時前。もう既に真っ暗だ。デリーの夜は肌寒い。そこでパルヴィーンがリキシャを交渉してくれた。カイラーシュ・コロニーまで200ルピーだと言う。ちょっと高い気もするが荷物も多いし、三人だしOKしよう。
 荷物を詰め込み、三人で後ろ座席に無理矢理乗り込む。道路に出るとすぐに男が一人運転手に話しかけ、前部座席に腰掛けた。「お前何やってるんだよ。関係ないだろ!降りろよ!」と自然に日本語が出てしまう。運転手は急に日本人が日本語で怒りだしたので、ビックリしている。男は僕が怒っているので、さすがに席から降りて、道路に去っていった。英語で「オレは200ルピー払っているんだ。お前はお前の仕事をしろ!」と大声で怒ると、運転手とパルヴィーンがビビってしまった。妻には「なんでもっと穏やかな言い方が出来ないの? あんなに怒る必要ないでしょう!」と怒られたが、オレは駅や長距離バス停などの近くにいるこういう輩に何度ウンザリさせられたかわからないから、自然とこういう態度を経験則から取ってしまうのだ。「安いホテルを紹介する」「宝石は、絨毯は要らないか」「日本人、僕には日本にとても良い友達がいる」。7時間のバス移動の後にそんなゴミのような輩にギャアギャア言われたくないだけだ。自分の安全、自分の快適さ、自分の時間、自分の場所は自分で買うよ。しかし、インド亜大陸では人を頭ごなしに怒鳴りつけてはいけない。ちょっと反省した。
 20分ほどのリキシャ移動で、カイラーシュコロニー駅脇のホテルHOME@F37に到着。部屋は薄型テレビやベッド、デスクにイス、テーブルまできちんとしている。日本のちょっと良いビジネスホテルクラスだ。これで朝食付き二人で6000円しないならOKだ。デリー滞在ここが拠点なら楽しく過ごせそうだ。
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by salamunagami | 2012-03-14 20:18 | エキゾ旅行  

3.9 Fri. Rudra Veena Concert @Kawa

c0008520_0272916.jpg3月9日金曜
ハミッド再会、カワカルチュラルセンターでのルドラ・ヴィーナ・コンサート

 朝8時に起きて、表に出ると主人のハミッド・カーンがやっと戻ってきていた。聞くと、スーフィーの聖地アジメールのダルガー(聖者廟)に数日間こもっていたという。
 「最近はよくダルガーに行くんだよ。人生を振り返る本当にすばらしい機会なんだ。スーフィーの聖地で、一人長い時間を過ごしていると色々な事が浮かんでは消える。神秘的な魂の生々しいヴァイブレーション(Direct vibration of mystic soul)が感じられるんだ。卓也も次回一緒に行こう」
 と話すハミッドは今年50歳とは思えないほど老け込んでいた。初めて彼にあったのは2002年の初夏だったから、ちょうど10年前。その時は髪こそ薄かったものの、まだまだ若々しかったのに、いつのまにかすっかりおじいちゃんっぽい。子供が18歳、15歳になったのだから仕方ないとは言え、インド人の老け方は尋常じゃない気がする。
 しかし、ここでもスーフィーに会ってしまった。ジャイプルはフランス人租界であって、先週までのパキスタンとは全く別の世界に来たつもりだったのに、この家の主人はすっかりスーフィーに入れ込んでいた。
 
 90年代末から、ラージャスターン民謡の楽団ムサフィールを率いて、欧米を中心に活躍してきた彼だが、リーマンショック以降ヨーロッパの音楽業界の不況を真っ先に受け、欧米公演が減ってしまい、一時的に立ちゆかなくなっているようだ。だから奥さんのほうがゲストハウスやカルチャラルセンターを立ち上げ、働いているのだ。
 音楽家やアーティストは甲斐性がない人が多いから、儲かっている時は良いけれど、一時的にでも儲からなくなるとどうにもならなくなる。たいていの音楽家から音楽を取ったら何も残らないもんね。しかし、これは彼だけの話じゃない。日本でも彼と似たような人達を沢山知っているよ。彼を招聘していたカンバセーションも倒産してしまったし。頑張れハミッド! 苦しんでいるのは貴方だけじゃないよ!

c0008520_0332984.jpg朝食後は妻が買ったインド服の撮影会だ。ここは自然に囲まれていて、日陰も多いので写真を撮りやすい。
今日はフランスからのミュージシャンが二人がここに滞在するので、僕達は二階の部屋に一日だけ場所を移る。そのために全員が忙しく動き回っている。僕は二階に座って、インターネットで日記をアップする。そして夜のコンサートの事を「ジャイプルに滞在中の方で古典音楽に興味のある人は是非お越し下さい。会場も雰囲気の良い場所です」とfacebookとtwitterに告知した。ジャイプルに滞在しているどんな日本人が来ないとは限らない。

 c0008520_0285772.jpgパルヴィーンが自分の部屋で歌の練習を始めた。電子タンプーラと電子タブラに合わせ、ハヤールを歌い始めた。その横で僕は日記を書いている。贅沢なBGMだ。パルヴィーン上手くなったなあ。

この宿で困るのは町までのアクセスだ。午後三時過ぎにゆりこが頼んだ服の仕上がりを確認するため、町に出る。ハミッドがスクーターを出すので三人乗りして行こうと言う。三人乗りはよく見かけるが、自分がすることになるとは思わなかった。もちろんヘルメットなしだ。ここで死にたくはないので安全運転してよと頼むが、ノープロブレムとのこと。しかしジャイプルまでの道は一本道だ。相手が突っ込んで来ない限り事故は起こらないだろう。三ケツして15分ほどで百合子の馴染みのテキスタイル屋へ。お店に入ると、電気も点けずにみんながだるそうにしていた。無理もない昨日のホーリーではしゃぎすぎたのだろう。店主とはfacebookで繋がったので、彼らがどんなホーリーをしたのか写真で見れてしまうのである。インターネットダダ漏れ社会である。百合子は頼んでいた衣装を二度ほど確認し、それからスカートも採寸して、さらにいくつか注文する。

c0008520_0291935.jpg宿までの帰り道はリキシャを使わずにバスを使ってみる。ホリデーインの前で大型のバスNo5を15分ほど待つ。来たバスに乗ってクンダという集落、終点まで乗る。そこはデリー〜ジャイプルロードとアンメールロードの交わる場所で、僕たちの止まっているカワゲストハウスはそこから200mほどアンメールロードを戻った所を道なき道に入る。一番分かり易い説明は"After Amber Village, Go straight! Before Kundaa, At the Shaadii Garden, Turn right to Kaprstaan. And go to the Hindu Temple on the hill." シャーディーガルデンとは野外結婚式場、カプルスターンとは墓場のことである。「結婚式場の所を右折して、墓場に沿って丘の上のヒンドゥー寺院まで」。初めて来た人は絶対に迷うから現地携帯は必携だ。

c0008520_0305040.jpg6時前にカワの会場に戻ると、会場前にはジャイプル滞在中の外国人が集まっていた。日本語がけっこう上手なケッタイなフランス人のオッサン、ダニエルは、障害を持つ芸術家のサポートを行うNGOを立ち上げ、25年にわたってジャイプルを訪れているという。彼らが連れてきたのはデンマーク人の音楽家親子。父親はデップリとしたスキンヘッドの巨漢でバスサックスを吹き、ひょろっとした息子はユダヤ教超正統派みたいなヒゲと髪型でハングドラムを叩くという。父のハンスは息子のベンヤミンのことを「彼は音楽を学んだわけではないのに、彼がハングを叩くと、自然とグループを牽引するんだ」とベタ褒めしていた。ハンスはデンマークを拠点にヨーロッパを回り、即興演奏ばかり40年以上も続けて来たという。今回はダニエルの団体に誘われて、障害者芸術家のイベントのためにインドに来ていた。コンサート後に機会があれば演奏するよと約束してくれた。

c0008520_03127100.jpgカワカルチャラルセンターは全てマリーノエルが仕切っている。そのためチケット切りや写真やビデオ撮影のスタッフもいない。なので僕がビデオとカメラ、そしてゆりこがチケット切りを買ってでた。
 午後8時すぎに始まったフランス人音楽学者の演奏はラーガの再現に重点を置いていて、即興演奏の興奮は感じられなかった。それは僕がサプタク音楽祭、そして日本でもU-zhaanやヨシダダイキチさんの演奏を日常的に聴いてしまっているからかもしれない。インド古典音楽は残酷だ。逆にここにヨシダさんやU-zhaanを呼んだらインド人観客がビックリしちゃうんじゃ?
 
 酷かったのはインド人プレス関係者。関係ない友人たちを「プレスだから、無料で入れろ」と連れてくるのからはじまり、アンプなしの生演奏だというのに、カメラマンはカメラのピント合わせ音「ピピピ」という音をひっきりなしに最前列で鳴らし続けている。その音消せよ! しかもレンズは初心者一眼レフに付いてくる暗いキットレンズを使ってる。悪いけどそんなレンズじゃ暗闇でちゃんとした写真は撮れねえよ! レンズ買う所から出直して来い! 女性記者のほうはアーラープの途中で立ち上がり、「演奏は一体いつ始まるんですか?」とマリーノエルに質問したという。どこの国でも常識なしのバカこそこういうところで働いているから不思議である。
 演奏家はピント合わせの「ピピピ」音に悩まされているのが演奏から伝わってくる。なんともラーガが広がらないままグルグルと同じ所を回っている感じだ。それでもアーラープを終わらせ、パカワジが入り本番となり一時間ちょっとで1ラーガを終わらせた。僕も写真撮影を頼まれているが、厚顔無恥な地元プレスと一緒にされたくはないので、パカワジが鳴りだしてから最低限だけ撮らせてもらう。

c0008520_0363470.jpg二人はさらにもう1ラーガを演奏し、二時間の公演を終わらせた。終了後は誰もが珍しい楽器ルドラ・ヴィーナのまわりに集まった。ジャイプル在住のシタール奏者クリシュナ・モハン・バットが来ていて、僕も紹介していただいたが、彼すらルドラ・ヴィーナを珍しがって写真を何枚も撮っていた。マリーノエルにジャイプルの古典の名家ダーガル家の女性を紹介された。市内にダーガル家のアーカイブがあり、そこを管理しているという。それは遊びに行きたい。

c0008520_032192.jpg会場の表に出ると「サラームさん!」と聴き馴染みのある声が聞こえた。ソトコト編集部のW君がいた。なんでここにいるの? なんと翼の王国の取材でジャイプルに来ていて、僕のfacebookを見てわざわざ車を飛ばしてやってきたという。「何度も迷いましたよ。それに近くの結婚式場を見つけてしまい、そこで入っていけと誘われて時間を食われました。もう演奏は終わっちゃったんですね!この場所ならさぞ素晴らしかったでしょう。残念だなあ」facebook恐ろしや! 本当に友人が来てくれた! 
 記念撮影をそれぞれに行い、観客が三々五々去っていくと、会場の中ではデンマークのベンヤンミンによるハング演奏に合わせてパルヴィーンが古典を歌い出した。そこにイリヤスがタブラで加わり、ハンスがバスサックスで加わり、即興演奏が始まる。ハングを生で聴くのはこれが二度目。日本の陰音階のような調律が僕にはちょっと苦手なのだが、それにパルヴィーンが悲しげなラーガを乗せて歌っている。なんかこっちの演奏のほうが本番より瑞々しくてイイんですけど。

c0008520_0302371.jpg即興演奏が30分ほどで終わった後、裏庭にテーブルを並べ、打ち上げの夕食会となった。マリーノエルの作ったベジインド料理とたっぷりのビールだ。食事の途中、横にいたアメリカ人タブラ奏者に「ヒロ(U-zhaanのこと)を知ってるか?」と聞かれた。「もちろん知ってるよ、友達だよ」「彼は天才だ。twitterの本も出したんだろ?」「その本は僕がプッシュしたんだよ」そのやりとりを横で聞いていたクリシュナ・モハン・バットまでが「ヒロのことかい? 彼はすばらしいよ」と言い出した。U-zhaan、ついにインドでも知られ始めたんだ!? スゴイなあ。
 夜が更けるにつれ、気温がどんどん下がっていく。5度くらいまで下がっていそうだ。12時過ぎまで古典音楽オタクたちの話に付き合ったが、ビールを飲み過ぎた。それに、ちょっと寒くてこれ以上いられないので、まだ宴はたけなわながら僕は先に引き上げた。

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by salamunagami | 2012-03-12 00:37 | エキゾ旅行  

3.8 Thu. Holy Celebration at Amber

c0008520_16532127.jpg3月8日木曜
ホーリー、フランス人租界でパーティー

 朝起きると、背中が痛い。多分マックやカメラを詰めた重い荷物を一日中背負っていたせいだ。帰ったらジムで鍛え直さないと! 庭で朝食を取り、午前10時過ぎに、持ってきていた要らない服に着替える。そして杏の油を頭からかぶり、全身に塗りたくっておく。こうしておくと、粉が肌に定着するのを防げるようだ。イリヤスがピンクや紫や青やオレンジ、赤の色粉を近くで買ってきて、それぞれに戦闘開始! イリヤスと一緒に近くに住む彼の友人の家まで歩く。道には子供達が既に色水と粉にまみれ、「ハッピーホーリー!」という言葉とともに、色粉を容赦なく塗りたくってくる。30分ほど集落を歩いているだけで既に地獄の黙示録みたいなカモフラージュ迷彩になってしまった。宿に戻り、全員でブリジットの家へ。ブリジットの庭ではブリジットの両親や近くにあるモザイク・ゲストハウスのオーナー、エルヴェ、その宿の泊まり客らが到着していて、全員で色粉を塗りたくって、水鉄砲で色水を振りかけ合う。

c0008520_16535029.jpgホーリーと言えば、外国人が真っ先に餌食にされる最悪の祭りと聞いていたが、地元には幾つかの不文律がある。まず知らない人には手を出さない。地元の人でも参加していない人(「ノーエントリー!」と言ってくる)には手を出さない。そしてかけられるのがいやなら拒否出来る。道すがら、酔っぱらった若者たちがバイクに乗って、話しかけてくるが、無視したいなら無視して良い。拒否したいなら拒否して良い。ジャイプルの町ではもっと阿鼻叫喚の世界かもしれないが、ここアンメールではそんな感じだ。

c0008520_16542255.jpgフランス人たち十数人を色をかけあい、たっぷり用意した色粉がなくなると、お菓子をいただき、引き上げる。マリーノエルによると、ホーリーの日は一年で一番沢山の水道水を消費する日らしい。当然だ。全員がシャワーを浴びるのだから。

c0008520_16552345.jpgホーリーでお手伝いさんも休みなので、マリーノエルが昼食を作ってくれる。緑のパプリカとタマネギを軽く炒めてパニールとあえたもの、ダール、そして水分を切ったヨーグルトにすり下ろしてやはり水分を切ったキュウリをあえたライタ。クミンと塩で味付けする。ご飯は玄米。食後のデザートはリンゴを砂糖とゴマで煮たもの。シンプルなのにとても美味しい。

c0008520_16562222.jpg泊まっていた若いフランス人女性三人はジャイプルに戻り、マリーノエルとアニエス、イリヤス、そして僕達は近くの渓谷までピクニックに出かける。腹ごなしにちょうど良い。車で30分も進むとまるでモロッコの砂漠地方のような景観が広がる。blue valleyという景勝地らしい。周りは椰子の木が並び、枯れ川の道になる。

c0008520_16571237.jpg枯れ川で車を駐車し、面倒臭いというイリヤスを残し、四人で岩の道を上流へと進む。30分ほど石の道、そこから先は砂の道を進み、1時間ほどで水源地に到着。岩肌には斜めの地層が現れ、転がっている石はほとんどが鋭い直方体。水によって浸食された日本の石ころに見慣れた僕には四角い石ころばかりの風景は異様に写る。夕方になり、日が暮れ始めたので元来た道を戻る。帰り道は往路よりも早い。帰りに近くの集落でチャーイを一杯いただき、宿に戻ると既に日が暮れていた。東の空から満月が上っている。

c0008520_1658315.jpg夜は近くのモザイクゲストハウスの主人で、モザイク作家のエルヴェの誕生日パーティーに誘われた。パーティーなので正装していこうと、全員がそれぞれ手持ちの服で正装。僕はパキスタンで買った黒地に銀色の刺繍が入ったクルタ。到着するとフランス人ばかりが十数名、既に座って、歓談していた。なんとフランス製のシャンパンで乾杯。エルヴェの両親が持ってきてくれたようだ。モザイク・ゲストハウスには前回も立ち寄ったが、前回はエルヴェがフランスに帰っていて、工房を見ただけだった。ジャイプルにはモザイクに適したカラフルな岩が取れるため、エルヴェはこちらに移住し、作品を作り続け、同時にゲストハウスを開いて収入を得ているのだ。
 そこでブリジットの高齢なご両親に会った。二人は若い頃には長くエジプトに暮らし、四人の子供のうち二人はインドで事業をはじめ、残り二人がフランスに住んでいるため、インドとフランスを行ったり来たりしているらしい。「ここにはマリーノエルがいて、エルヴェがいてくれて、ブリジットは一人じゃないから安心出来るのよ」とお母さん。

c0008520_16585766.jpg昨年のモロッコ旅行に続いて、ジャイプルに来てもフランス人租界にお世話になっている。先週まではパキスタンにいて、男子校部室(イスラーム神秘主義専攻、ポエム部所属)状態だったのに、今では女子校のアート研究会(フランス語専攻)にいる気分だ。前にも書いたが僕は群馬県の高崎高校という男子校を出て、明治大学の政経学部という99%がオトコの大学を卒業した。23歳までは野郎の中にいた。社会人になってからは女性の中にオトコが一人みたいな状態に何度も遭遇することになった。今もベリーダンスのパーティーにDJとして呼ばれるとそんな具合だ。しかし、今も東高円寺Grassrootsや渋谷のELSurレコーズ、それにワールドミュージック界隈などの男臭い世界もどっぷり浸かっている。神秘主義詩歌を吟じ、陶酔するムサいオトコたちと、思い思いの装いで独自の世界を作る麗しい女性たち、その両端を行ったり来たりするのが僕の職業なのだろうか?
 エルヴェにたっぷりのワインやシャンパンをごちそうになった。次回ここに来る時は日本からたっぷりフランス製のシャンパンを持参してこよう。
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by salamunagami | 2012-03-09 16:59 | エキゾ旅行  

3.7 Wed. Shopping in Jaipur 2

c0008520_16451134.jpg3月7日水曜 
ジャイプルでショッピング二日目

 朝起きて、妻は届いた服を着て、仕上がりに納得していない。当然だ。一度で思ったとおりに出来上がるほど服のデザインなんて簡単なものじゃない。妻は一事が万事の人なので、その場でかんしゃくを起こしている。そこで納得いかないポイントを全て紙に書き出させ、整理させる。
 朝食を軽く済ませ、10時過ぎに再びJさんの店に行く。お店にはロシア人の家族連れが来ていて、色々と試着をしている。Jさんに納得いかない点を全て伝え、その場でテイラーに直してもらうことになる。その間、二時間待ち。妻はその間に他の生地を見て、別の服について話しているが、僕は特にやることないので、旅の指さし会話集を元に暇そうな店員相手にヒンディー語を教えてもらう。待っている間にビールまで一本ごちそうになってしまった。

c0008520_16462381.jpgロシア人の家族連れはさんざん試着した後に、無理矢理値切り始め、交渉決裂して帰っていった。ロシア人が世界中を自由に旅行出来るようになってまだ十数年しか経っていない。インドが経済成長の中にインフレを起こしていることなんて想像出来ないのかもしれない。僕達日本人ですら、インドがこれほどインフレを起こしているなんて知らないのだから。
 二度の直しを経て、ゆりこは出来上がりに納得し、更に幾つか注文する。出来上がりはホーリー後の9日午後とのこと。

c0008520_16454423.jpg一旦ホテルに戻るが、その帰り道が超渋滞。ホーリーが始まり、お店も閉まり始め、帰宅ラッシュとなったようだ。ホテルまで40分かけて戻り、2時過ぎにチェックアウト。荷物をフロントに預け、昼食をホテルのレストランで取る。一品50ルピーの野菜カレーを五種類選んで、ご飯とチャパティーでいただく。ダールとほうれん草、焼きナス、ニンジンとインゲン、トマトとチーズ、ニガウリの中にカレーを詰めて揚げたもの、そしてベジプラウ。僕の大好物のオクラのサブジーは季節外れのようで、今日は並んでいない。残念。8年前から通っているアールヤニワスのカレーの写真をきちんと撮れたのは今回が初めてかも。

c0008520_1647156.jpg食後はリキシャに乗って、civil lineにあるDMFメトロポリタンモールへ。すでに帰宅ラッシュを過ぎ、通りには道が少ない。再びゆりこが買い物を済ます。
 午後6時にホテルに戻り、タクシーに乗り、Kawa Guest Houseへ。マリーノエルに電話したが、繋がらないので、自宅にかけると、長男のイリヤスが出てくれて、タクシー運ちゃんに道順を細かく指図してくれた。
 タクシーに乗り、市内を抜ける。市内はもぬけの殻のように自動車が少ない。アンメールロードに出ると車の代わりに、象のタクシーが歩いている。ライトアップされたアンメール城を過ぎ、アンメールの中心地を抜け、シヤラム・キー・ドーングリまで進む。そこから道なき道を右折し、ブリジット・シンの工房から更に奥へと進み、ヒンドゥー寺院のある山の麓に到着。イリヤスが出迎えてくれた。

c0008520_16475749.jpgしばらくすると長女のパルヴィーンとマリーノエルが戻ってきて、更に宿泊しているフランス人の若い女性二人と、僕達と同じくらいの年齢のアニエス、そして自宅の裏庭のほうにジュリアンという若いフランス人男性が入ってきた。Kawa Guest Houseがやっと形になってきたのかな。
 全員と自己紹介をすませ、お土産を渡し、ビールで乾杯する。マリーノエルが「今日はお手伝いがいないから、ありあわせのものだけど」とパスタや温野菜のサラダを作ってくれる。彼女は本当に手際良く料理を作る。
 外を見ると、月が昇っている。明日はホーリーで満月だ。夜中まで彼女達と話し、就寝。
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by salamunagami | 2012-03-09 16:48 | エキゾ旅行  

3.6 Tue. Shopping in Jaipur

c0008520_16384476.jpg3月6日火曜
ジャイプルでショッピング1日目
 この日記を書いているのは3月9日午前10時。場所はジャイプル郊外アンメールの郊外ジャイプルに来てから、別に変わったことはしていないし、それこそ音楽調査取材は一切していない。しかし日記を書くヒマがないほど忙しい。というか、夜になると眠くなってしまい、12時前に眠ってしまうのだ。そしてここはインターネットの回線が今イチ細く、安定していない。そのため、日本からの催促にもなかなか応えられずにいる。この筆まめなオレさまがこんな体たらくですみません。
 日本からの催促に応えるのも大切だが、皆さんにはもうちょっとだけ待ってもらって、この数日間の日記だけは書いておこう。さもないと忘れてしまうから。


c0008520_16395129.jpg3月6日は7時過ぎに目を覚ます。朝は少々肌寒いが、テラスに出るにはちょうど良い季候。僕にとってこの宿は世界で一番落ち着ける宿だなあ。レセプションのオッチャン達から売店のオヤジ、レストランのレジ係りにいたるまで、8年前に初めてきた時から変わらない顔ばかり。働き手にとっても居心地の良い宿なのかも。たまっていた洗濯物をたっぷりお願いする。
庭でいつものインディアン朝食セットを頼む。大きなジャガイモ入りのパラタが二枚とアチャール、チャトニー、ヨーグルト、インスタントコーヒー、それに絞ったオレンジジュースで一人あたま130ルピーくらい。8年前は55ルピーだった。それが翌年に80ルピーくらいになって、今は130ルピーだ。
朝食後は、屋上にて妻がパキスタンで買った残りの服を着てのファッションショー撮影を1時間ほどで済ませ、午前10時半に、ボリウッドダンサーのSarahちゃんに教えていただいたテキスタイルのお店に向かう。リキシャで旧市街を抜け、アンメールロードで降りる。そこで店主のJさんに電話すると、すぐに迎えにきてくれた。Jさんはなんと日本語が達者で、日本のアパレルにも輸出しているという。最近になって日本人なら誰もが知る超大口との取引が始まったという。妻は、いくつか美しい布地を見せてもらい、サイズ採寸し、ドレスを作ってもらうことにした。

c0008520_16292412.jpg午後2時前にホテルに戻り、ホテルの会議室でマリー・ノエルと再会。彼女は近年、ジャイプルのアリアンス・フランセーズと共同で欧米の音楽家を招聘しての小さなコンサートを定期開催している。前回来たときも、UKからドラマー/南インド古典パーカッショニストのピート・ロケットとラージャスターンのパーカッション楽団の共演コンサートを見る事が出来た。今回はフランス・パリのCite de la Musiqueのアジア音楽キュレーターにしてインド古典演奏家、フィリップ・ブリュギエルによるルドラ・ヴィーナの公演。ルドラ・ヴィーナなんてめったに聴けない楽器だ。5年くらい前に第一人者のアサド・アリー・カーンが来日公演を行ったけど、僕は行けなかった。こと音楽に関して僕は運が良い。
その公演の記者会見をアールヤニワースホテルで行った。参加したのは地元の新聞社の記者が4人と、僕達、そしてアリアンス・フランセーズの担当者だけだったので、みんなでコーヒーを飲んで、コンサートの概要を軽く説明して、30分ほどで終了。新聞記者達は、音楽についての質問ではなく、会場までの往復のタクシー代をアリアンス・フランセーズが出してくれるのか否かと、どうでも良い質問をしている。どこの国でも経費を使える企業の人間こそケチ臭いのは変わらないなあ。

c0008520_1630862.jpg記者会見の後、マリーノエルの車に乗せてもらい、妻の次の目的地サロオジ・マンションへ。古くからあるファッションストア集合ビルだ。そこで妻はパンジャービー・ドレス数着を買う。さらにバングルの専門店で、予算を言って幾つか見繕ってもらい、バングルも買う。僕は行きつけのインド服屋VASARIで、黒い洋服のシャツと、青と金の混じった生地のクルター・パジャマを買う。そこから服や生地屋の並ぶバップー・バザールを歩き、金銀のアクセサリーが並ぶジョハーリーバザールまで歩く。道には明日からのホーリーに向けて、色とりどりの粉を売る屋台が並んでいる。インドに11回も来ているが、ホーリーを体験するのは初めてだ。お祭りの前で通りを歩く人々も浮かれているようだ。

c0008520_16315784.jpgホテルに戻り、夕食のためにTripadvisorでジャイプルのレストランを調べる。上位にベジタリアンレストランやバックパッカー向けのカフェなどが並んでいるのは、tripadvisorのバイアスだ。Spice Courtという地元の人達の間で評判の良いインド料理店に出かけることにする。
ホテルのレセプションを出ると、日本人のカップルに「サラームさんと若山さんですか?」と話しかけられた。聞くと地球の歩き方ARUCOのインド編の編集者とカメラマンで、リニューアル版のための取材に来ているという。二人を夕食に誘い、オートリキシャでCivil Lineにあるスパイスコートへ。羊料理の一番上に書かれていた地元のマトン料理を頼もうとしたら、ウェイターに「それはとても辛いけど大丈夫ですか?」と聞かれ、別の少しマイルドなマトンカレーにした。他にチキンビリヤニ、パラクパニール、アルーゴビ、そしてビールを頼む。

c0008520_1640577.jpgお二人はインドを旅慣れている方で、やはりアールヤニワースホテルを常宿にしていた。「旅行で来ただけの人にはこの町の魅力はなかなか伝わらない。でもこの町の買い物にはまったら、繰り返し来てしまうんですよね」と言う。僕達がいつもプールを使わせてもらっているフランス人女性ブリジット・シンのことやホットピンクのことももちろん知っていた。9日にKawa Cultural Centreで行われるコンサートのことを伝えておいた。夕食は四人で2200ルピー。ホテルに戻ると、午前のうちに頼んでおいた服が仕上がってレセプションに届いていた。12時前に就寝。
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by salamunagami | 2012-03-09 16:41 | エキゾ旅行  

3.5 Mon. Arrived Jaipur

c0008520_1620155.jpg3月5日月曜 ジャイプル到着
 
夜行バスの中で目が覚めたのは午前1時半に路肩のトイレ休憩。そして次は朝5時すぎ。既にデリーの近郊だった。
バスの終点はなぜかオールドデリーのラールキラー前。朝5時20分に到着。まだ真っ暗だ。降りるとリキシャの運ちゃんが近づいてくる。「どこに行くんだ?」「ビカネールハウス、ラージャスターンツーリズムバス」と答えると、丁寧に「ここでもジャイプル行きのバスが出ているぞ」と教えてくれる。おいおい、正直で親切なのはうれしいが、アンタの稼ぎ無くなるぞ! インド人のこういう間抜けな所が僕は大好きだ。 目の前のチケット売り場でジャイプル行きがあるのかと聞くと、6時に出るぞとのこと。しかし、バスのグレードはノンACなので、遠慮して、初心貫徹、リキシャに乗ってビカネールハウスに行くことにする。言い値は150ルピー。距離的に100ルピーくらいだと思うが、明け方で、親切なガイなのでそれで許そう。リキシャに乗り、まだまだ肌寒いデリーの夜明け前を南に飛ばす。新聞社が固まる一角(名前失念)、そしてライトアップされたデリー門まで15分、ビカネールハウスに到着した。
 バス停の奥にあるチケット売り場に並ぶと、どのバスもジャイプルまで行くようだ。違うのはグレードだけ。7時半のACクラスもあったが、ゆりこの体調が良くないので、大事を取って8時のVOLVOクラスにした。これも二人で1500ルピー。8時10分にバスは出発し、デリー郊外からジャイプルまでの国道を飛ばす~と思ったら、途中から更にバイパス道路の工事が始まっていて、本来の速度を出せずにトロトロとラージャスターンまで走る。そのためジャイプルの終点に点いたのは午後1時前だった。デリーからの道筋どんどん気温が高くなり、日差しが強くなっていき、ジャイプルは30度以上の気温で、サングラス無しではいられない。
c0008520_16195498.jpgジャイプルのバス停から常宿のアールヤニワースまではほんの数ブロック。歩いても行ける距離だがリキシャに乗る。するとリキシャの運ちゃんがメーターを使ってくれと、わけのわからないことを言い出す。客引きのアニキ曰く「メーターを使ってない事が警察に知られると逮捕されるので、実際の料金は事前交渉しても、警察にはメーターを使っていると言ってくれ」と、わけのわからないことを横からお願いされた。だったら最初からメーター使えっつ~の! そう言うよりも前に「ウルサイよ! オレはお前が生まれる前からジャイプルに来てるんだ。このガキ!」といつもの言葉が出てしまうのが僕のダメなところだ。
 
c0008520_16202164.jpg案の定2分ほどでアールヤニワースに到着。レセプションのオッサンたちに「久しぶり、元気ですか?」と挨拶される。部屋は四階の角部屋で、日当たりと見晴らしが良く、専用テラスも広い。
 荷物を広げ、まずは昼食のため、ホテルの横の雑居ビルの屋上にあるイタリアンレストランMEDITERRANEOへ。ここは大きな釜を持っていて、ピザやラザーニャなど、きちんと釜で焼いてくれるので、毎回訪ねている。
 僕はラザーニャ・コン・カルネ、ゆりこはトマトとツナのピザを頼むが、量が多すぎて、二人とも最後二口くらいを残した。湿度が低いせいか、コカコーラ、ラッシー、水を続けて飲んでも全然トイレに行きたくならない。
 あっ、トイレと言えば、パキスタンのトイレ、男性小用は便器が高すぎて、背伸びしないと届かないほどの高さだった。パキスタン人は身長高いのだ。それに対して、国境を越えてインドに入った途端、便器の高さが日本と変わらぬ低さになった。こんな所に二国の違いもある。まあどうでもいい下ネタでした。
 
c0008520_16223663.jpg昼食を食べ過ぎたので、外出しよう。まずはファブインディアの支店へ行き、インド服を幾つか買い込む。その近くにあるアノーキの本店を訪ねようとしたが、住所を書いた紙を宿に忘れてしまい、流しのリキシャに乗って一旦、宿に戻り、そのリキシャを待たせて、住所を調べ、再びアノーキに向かった。メーターを使ってくれて、72ルピーだった。夕方5時に妻はアノーキへ、僕はその下の階にあるCDショップ兼本屋crosswordへ。ここはジャイプルで最も広く、清潔な店だが、CDとDVDの品揃えは毎年ひどくなる一方だ。古典音楽などは全く置いていない。ボリウッドも半年前のものはもう在庫なし。チェーン店のCDショップ、本屋は全世界どこも荒廃していく一方だ。CDとDVDを合わせて15枚くらいしか買うものがなかった。
c0008520_16223863.jpg買い物を終え、上の階にあるアノーキ・カフェへ。オーガニック豆のコーヒーをポット一杯で80ルピー=130円。出発の日の成田空港以来10日ぶりの本物のコーヒーだ。アルコールとコーヒーの軽い中毒だ。ゆりこの買い物を町ながら、日本から持ってきた小説「シャンタラム」をやっと読み始めると、冒頭から一気に一昔前のボンベイに引き込まれる。上手い作家だなあ。どうしたら、こんなに上手く文章を書けるようになるのだろうか?
 8時前にゆりこの買い物を一旦終え、ホテルに戻る。昼飯をたっぷり食べたので夕食は宿の食堂で軽く済ます。ミックスベジタブルのカレーとパラタだけ。コカコーラと水はいくら飲んでも足りないくらいだ。
 就寝は12時過ぎ。 
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by salamunagami | 2012-03-09 16:23 | エキゾ旅行